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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
1.5章 初陣と邂逅

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綻びをあなたに、怪盗を灰に

 No.0の存在が魔術を使う者の間で一躍有名になった事件が一つある。あれは忘れもしない二十年前のとある赤い月が輝いた夜の話。カラ爺の頭の中で当時の記憶が思い起こされていく。まさかこんなところでと思ったカラ爺だったが、遅かれ早かれこうなることは分かっていたけど、こんなところで出会うなんてまるで運命に突き動かされているみたいだね。


「君は僕の趣味を知っているかな」


「どうでもいいよ、そんなこと」


 目の前の少年はカラ爺のことなど興味なさげにあっさりと吐き捨てる。だがそんな少年の言葉など聞こえていないかのようにカラ爺は語らいをやめようとはしない。


「そうか。残念だね。僕は一応、君に寄り添ってあげてるんだよ? 本当ならNo.0の人間だと知った瞬間に全員根絶やしにしてあげてもいいくらいなんだから。でも君はまだ若い。ある意味で温情なんだ、これは」


「ならそうすればいいだろ。わざわざ聞いて時間を稼ぐくらいなら。僕はお前みたいな雑魚に負けるわけがないんだからさ」


 足をぶらぶらとさせながら、少年の目線の先には家接がいる。


 僕が雑魚、ね。まぁそう思われてもしょうがないのかぁ。ただではもともと帰すつもりは無かったけど、どうやら手加減はお好みではないみたいだから少しは僕の威厳も見せてあげようかな。これに懲りて少しは年上を見習ってくれると嬉しいけど。


「なら温情はなしってことでいいのかい?」


「いいよいいよ。どうせ勝てっこないじゃん」


「まあそうかもね。でも、僕の趣味は知っててほしいから君には教えてあげるよ」


 カラ爺は瞬時に両側の袖から落ちた札を一枚ずつ両手に持つと、一枚は地面に向かって投げて貼り、もう一枚は握ったままで顔を上げた。


「札遊びだ」


 地面に貼られた札の術式が起動すると空に向かって一筋の光を放った。それは空を覆っていた暁を突き破り夜空へと向かうと上空に浮遊したまま制止する。ひび割れた空が自ら嘘吐きだと教えてくれている。


「おい、なんてことしてくれるんだ! せっかくの夜空が台無しになったじゃんか」


 そう言って怒った少年は、やっとカラ爺に対して意識を割くようになる。それで満足だとカラ爺は家接にもう意識を向けさせないと言わんばかりに札を使ってさらに少年に向かって攻撃をしかける。


「そうそう、君はずっとそうしていればいいんだよ」


 もう一枚出した何も書かれていない札に急いで筆を走らせていく。


「ああ、もう頭にきた。おじさんは殺ることにするよ。手加減なんてもちろんしない。そのまま死んじゃえ」


 やっと観覧車から降りた少年は、腰に携えていた二本の短剣を手に持ってクルクルと回している。後ろを見ると死霊の類だろうか、それらが家接に襲い掛かっているがそれは的確な攻撃を行っていて戦えている。余計なお世話だったかなとカラ爺が思うほどに彼は魔術が使えるようになってからはしっかりとやれるようになっているみたいだ。どうやら本当に心配には及ばないようなのでカラ爺は少年を倒すことに尽力することにする。


「それは怖いなぁ。でも無理な話だよ、それは」


 使っているのが見えている魔術はあまり近接向きじゃないのに、武器は近接に全振りか…………。オールラウンダーに戦うなんてその年にしては優秀だね。全く、どうしてそんな道に行ってしまったんだろうか。

 

 そうこうしているうちに札には術式を書き終えて準備を整えたカラ爺だったが、それは相手も同じようで短剣にあらかじめ刻まれていた術式を起動しながらこちらに向かってくる。


「装甲、赫」


 先に仕掛けたのは少年の方だった。彼の声に応じたように暁が光り輝き彼の動きがさらに早まった。少年や他の運び屋は仄かに魔力を帯びて力をつけているように感じる。どうやらあの結界内にいる任意の対象に魔術による強化を施すものらしい。だがここはカラ爺も負けてはいられない。書き終えた札を起動させるために詠唱を行う。


「格納、装填、発射。ことごとく」


 強化された少年から身を引くようにしながら札を持って唱えると、さっき空に打ちあがった衛星に吸収されるように手元から札が消えた。だが少年が迫ることを妨げるものではないためカラ爺のすぐそばまで彼は迫ってきていた。


「素手で僕とやり合おうっての?」


「そうとも限らないよ」


 やはり少年の強化は身体能力全体にかかっている。距離を取ろうとするカラ爺の足よりも迫る少年の足のほうが圧倒的に速い。短剣がカラ爺の体を八つ裂きにする寸前になってやっと、カラ爺の魔術は発動した。


「ほらね」


 暁に覆われた空を貫通して光が降ってくる。それはまさに何かが降臨するのかと思わせるほどにまっすぐに伸びた光の柱で、一瞬にしてカラ爺の目の前を覆ったのかと思ったがそれは少年目がけて放たれたものだった。轟音が響いて砂埃が舞う。その間に距離を取って離れることができたカラ爺は、装填用の札をあらかじめ書いておいた。砂埃が晴れるて見えた少年は少しだけ疲弊しているように見え、目が合ったカラ爺を睨みつけた。


「そんなに疲れた顔をしてどうしたんだい? 僕はまだ全力のぜの字だって出してないよ」


「うるさい! 僕だって遊んでただけだ。すぐにお前なんて」


 そう言う間もなく次弾が少年に向かって放たれる。二発目にしてすでに暁によって作られた夜空は半壊状態になっていた。少年は会話をする暇など与えられるわけもなく再び回避に専念せねばならず、カラ爺には近づくことすらかなわない。


「ああ、そういうことか」


 少年の使ったあの魔術、設置型ではないな。道理で思った以上に疲弊しているわけだ。もし設置型の魔術だとするなら、自分にもっとリソースを割けたはずだ。わざわざ設置型を使わないとは、やっぱり能力的には優秀でも技術面はまだまだ未熟だね。


「なら、追加でこれも使おうか」


 あらかじめ持ってきておいた札のうちの一枚。それを持って魔力を流せば起動する。そうして現れたのは、金属でできたよくイメージできる牢屋とそれに張り付いているいくつもの蛙の群れ。魔獣として使役されたそれは召喚者であるカラ爺のいうことしか聞かない。


「あの子を放り込んで、監獄獣」


 カラ爺の命令通り、牢屋にその足を付けていた蛙は一斉にそこから離れていく。二度も衛星の攻撃を避けたことで疲弊している少年に向かって蛙は容赦なく舌を伸ばして絡め取ろうとする。


「な、なんだこれ。離せよ!」


 両手を舌で縛られて身動きが取れなくなった少年は蛙にされるがままになると、抵抗することなく牢屋に放り込まれた。そして牢屋に鍵がかかると、蛙は再び牢屋に張り付くと四方八方に舌を伸ばしていく。その下によって周囲の物体に巻き付いたことで牢屋が空中に浮いていき、少年んは囚われの姫状態になった。


「くそっ、もうだめか」


 少年はそこで諦めがついたのか、戦いの最中もずっと維持し続けていた魔術を苦渋の思いで解除する。すると空に浮かんでいた偽りの暁は消滅し、崩壊した空からは本来の夕焼けがこちらを覗いた。魔術を維持するために浮いていた球体はゆっくりと地面に落ちていくと中にいた雪広の姿が確認できた。


「雪広さん!」


 それに気づいた家接は大技を一度放って運び屋との戦闘を放棄すると、彼女を救出するために血肉を掻き起こした。救出された雪広は必死に声を掛けている家接の声に気づいたのか一瞬だけ意識を覚まして目を開ける。


「家接?」


 彼女は気づいた声にそう問いかけたが、すぐにまた目を瞑ると意識を失ってしまった。だがゆっくりと息をしているのを確認して命に別状はないと安心した家接は彼女をゆっくりと寝かせた。どうやらあの魔術の展開のために彼女の魔力もかなり消耗させられていたんだなとカラ爺は納得する。


「ごめん、少しだけそこで寝ていてください」


 少年は苦虫を噛み潰したかのような顔をしてカラ爺に向き直る。家接がこちらに向かってきて監獄の中で何もできずにいる少年を見上げた。さっきと同じ画角なのにも関わらず、こうも状況が違うとは。だが少年からすればそれは言葉にできない屈辱だった。


「お前を倒さないとあいつに構えないのは変わらないか」


「そうだね。でもどうやってその檻から出るつもりかな?」


 最初にカラ爺が空へと放った魔術は未だ衛星のように空に浮いている。すでに次弾は装填されている状態であり追撃が放たれるのは時間の問題。さらい空中に固定された牢屋に閉じ込められている少年に逃げ道はない。光の柱が再び落ちてくる。だが少年は逃げることは無く直撃する直前に、笑みを浮かべていた。


「装甲、蒼」


 また何かしらの強化を施したに違いない。今度は自分にだけ魔術をかけている。少年は空からの攻撃を受けつつ両手に握った剣で牢屋を斬りつけたかと思うと、その隙間から体を這い出して駆けていく。牢屋は崩れ落ち、少年はそこから脱出して逃げるのかと思いきやそのままカラ爺に向かって特攻してきた。カラ爺は再び少年と距離をおくために走り出す。それを援護するようにして衛星が少年に向かって光を放った。


「やっぱり近接戦は弱いな。そんなんじゃ遅すぎるよ」


 光を避ける必要はない。すでに先に行っているのだから。少年の剣はカラ爺の頬を掠めて避けていく。だがそれで少年の攻撃が終わったわけではない。なぜなら彼にはもう一本の剣があるから。追撃が彼の体を穿とうとする。


「終わりだよ」


 少年の言う通り、攻撃は確かに彼に届いた。だが少年の思っていたような決定打にはなり得なかった。立ち止まった少年は短剣に付いた赤いものが血であることを確かめると、目の前から消えたカラ爺を探した。


「危なかったよ。ほんとうにありがとう」


 へらへらと笑うカラ爺に呆れた人が一人。


「別に私が倒しても良いんですよね?」


 その隣では、意識を失って倒れていたはずの雪広が、怒り心頭で立ち上がっていた。

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