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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
1.5章 初陣と邂逅

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蛇道の渦中で

 ぬちゃぬちゃと聞くだけで気味の悪いと感じる粘液が音を立てて靴と床の間で糸を垂らした。こんなところにいつまでもいたくないという気持ちを抱えながら外へ脱出する手立てを探す。


「そういえば、たしか家接くんは魔術を使えるようになったのよね」


「そうですけど何かするつもりですか?」


「まあちょっとね。私の四方印にそれぞれ施している魔術は戦闘向きではあるけれど、純粋な火力を求めるっていう意味で言えば0に近いのよ。もちろん、東西でシャッターを斬っていけばこの肉壁も少しづつは崩していけるでしょうけど、そんなことをしていたら埒が明かない。それなら家接くんが習得したっていう魔術を試してみてもいいんじゃないかなって思っただけよ。火事なんて起こしかけてたんだから火に関する魔術じゃないの?」


「僕も自分で詳しくは分かっているわけじゃないけど、たぶん炎を出す魔術なんじゃないかな」


「いいじゃん。寒くても自分で温まれるし。私この魔術以外あんまり使うの得意じゃないからさ。そういう成長しがいのある魔術のほうが良いと思うよ」


 思い返せば彼女が四方印以外の魔術を使っているのは見たことが無い。だけど成長しがいがあると言われたのは嬉しかった。まだまだ自分には伸びしろがあるんだと思えるから。雪広は家接の後ろに立つと、魔術の心得を言う。


「いい? 詠唱をする時は欠かさないで。イメージを具現化させることが魔術を使う上で一番大事なんだから。特に初心者なんて補助輪にのってるようなものよ。魔力は弾丸、詠唱は骨組み。それらが合わさって銃が撃てるっていう風に考えるの」


 雪広の魔術の詠唱があんなにも簡素なのは決してサボっているからではなく単に必要最小限の魔力リソースで術式を展開させるためだ。そしてそうなるためには何十年、何百年と継承された魔術の研鑽が不可欠。それに、相応の魔術になればなるほど詠唱と時間はどうしても必要になる。


「魔術回路解放。循環。発散」


 家接は頭の中でイメージする。あの時生み出したあの業火を、遮ること無き深紅の光を。あれくらいはないと、きっとこの蟒蛇の腹を焼き付くすことはできない。左手に右手を添えて続ける。


「錬炎、満たすまで燃やし尽くせ」


 予め準備しておいた魔法陣は凝縮されて燃え始める。その灯は溢れるほどに魔力を注がれると抑えきれなくなったようにして火の手を広げだした。灼熱の炎はやがて巨大な火球となって肉壁を溶かし削り、煮詰めたようにドロドロとした焼け焦げた跡を残しながら突き進んでいく。


「ごほっ、ごほっ! なんか凄いことになってる。もしかしたら家接くんはすごい魔術を使えるようになってるかもしれないわね」


 爛れた体内は溶け落ちて、肉の焦げた匂いと共に異臭を放っていた。そのダメージはしっかりと蟒蛇に届いていたようで、炎に耐え切ることができなかったであろう本体は一分も経たずして二人を体内から追い出した。


「おいおい魔術についてはもっと学ぶとして、まずはよく分からないあれを狩ってからよ」


「そうですね」


 目の前には中だけで無く全身も炎によって焼け焦げてしまい死体となった小さな蟒蛇の姿。そして、それを大事そうに抱えているフードを被った全身黒ずくめの人物がいた。そのフードからは顔の下半分しか覗いておらず、不気味さをさらに際立たせている。


 場所はさっき二人が蟒蛇に引きずり込まれたところから変わっていないことからしても、家接と雪広を蟒蛇の中に閉じ込めたのは目の前の相手だと見て間違いないだろう。相手はその焼け焦げた亡骸をそっと袖に入れると、徐に両手を前に出した。


 するとその袖の中から何匹ものミニサイズの蛇が音を立てて落ちていく。さらにその蛇は意思を持ったようにこちらに向かってくる。威嚇しながら迫る蛇を家接は申し訳ないと思いながらも魔術で焼き払う。


「錬炎、その炎を悉く散らせたまえ。篝火花」


 炎でできた花が鮮やかに咲いて散っていく。その際に飛び散った花弁が火花に化けると、襲い来る蛇に当たって弾けたかと思うとその体を燃やしだした。小さく丸まりながら燃え続けていった蛇に残るのは小さな灰になった何か。相性が悪いと踏んだのか、このまま攻撃を続けることは不利と見て二人に立ち塞がった相手はすぐさま逃走を選択した。階段をすぐに飛び降りると、銭湯ではない方に向かって走っていく。


「そこまでしておいて、私が逃がすわけ無いでしょ」


 雪広もそれに続いて階段を飛び降りて追いかけるが、もちろん家接にそんな二階から悠々と飛び降りることができるほどの運動神経は無いので急いで階段を降りると、走って逃走劇を続ける二人を追いかけた。舞台は変わり外に出ると、時刻は知らぬ間に過ぎていて日がだいぶ昇っている。そんな感想を抱いている間にも雪広はフードの人物に迫っているが、ちょうどよく曲がり角になったところで家接は二人を見失ってしまう。


 四方に道は分かれているものの来た道を抜けば実質三択。さすがにあんな格好で外を走り回れば目立ちもするため一か所は潰れて二択。こんなにゆっくりと考えている時間が惜しい。でも考えれば、まっすぐ進んでいるのだとしたら見失うことはない。それならこっちにいると信じて進もう。止めていた足をすぐに動かして全速力で追いかける。


「やっと、追いついた」


 袋小路。つまりは行き止まり。雪広も魔術強化を施していなければ撒かれていたであろう足の速さ。彼女の額には汗が垂れているにも関わらず、相手は息が上がった様子もない。


「遅いよ家接くん」


「いや、雪広さんが早すぎるだけですって」


 ぜぇ、はぁ、と深呼吸をしながら両手を膝に付いて顔を上げる家接。雪広はだらしないなぁと思いながらも、目の前の敵から視線は外さない。蟒蛇に引きずり込むような結界術を使える相手。警戒しておくに越したことはない。


「それであれはいったい何なんですか」


「蛇をたくさんだしてるんだから蛇遣いでしょ。顔が分からないから生きているか死んでいるかは分からないけど。ねぇ?」


 言われてみればそうなのか。でも少なくとも日本の怪異にそんなそんなのがいた記憶はない。知らないだけかも知れないけど生きてるか死んでいるのかでまた話は変わってくるような気がする。だが声を掛けても相手は何も言葉を発そうとしてこない。聞こえているのか聞こえていないのかそれすらも分からない。そのフードの下ではどんな表情をしているのかすら確かめる術はない。だが、しばらくしてやっとその閉ざされていた口が開く。


「導きに従いて呼応せよ。蛇は其の礎。秤は其の道。来たるは彼の敵、蟒蛇に飲まれろ」


 発せられたのは詠唱。戦いの狼煙を自らあげた相手は前回のとは比にならない量の蛇を袖からこぼしていくが、それはとどまることを知らずに袋小路になった行き止まりを埋め尽くす勢いで増えていく。


 その溢れた蛇たちは当然こちらに向かって襲い掛かってくるのかと思ったが、なぜか共喰いを始めた。地面には互いを貪った跡である血がぐちゃぐちゃに飛び散っていた、苦悶にあえぐ蛇の鳴き声がいくつも響いてくる。


「これ、ヤバいんじゃないですか」


「ヤバいかヤバくないかで言えば、たぶんとてもヤバい」


 たとえシャッターを斬ったとしてもどうせその中で共喰いを続けるだけだ。一体一体を個別に捕らえるなどという繊細な事は今の雪広にはできない。加えて、家接がさっきと同じことをするわけにもいかない。雪広が隣を見ると、家接は突然魔術を使ったせいなのかバテているように見える。魔力の量を考えればバテるなんて事は無いはずだけど、エンストみたいなものかなと勝手に考える。


「だいぶ、魔力消耗してるみたいね」


「まだちょっと慣れていないみたいで。たぶん実践が早すぎたんですよ」


 へばった彼を守るためにもここは先輩として一肌脱がなくてはいけない。雪広は相手がどう出てきてもいいようにと既に両手は魔術の準備を整えていた。


「ここは私に任せて。先輩ってとこをちゃんと見といてね」


 仁王立ちして、両手を合わせる。


「八方印、北東」


 掌を左右に反転させて視界を定める。


「くびきれ」


 瞬間、共喰いをしていた蛇たちは一瞬にしてその体が子供が無邪気に引っ張る様に引き千切れた。血肉の海になった地面の上に立つ蛇遣いは一歩もその場を動かずに黙って蛇が死んでいくのを一人立って見つめていた。


「四方印、東西」


 シャッターを斬って彼女を空間の断裂に封じる。蛇の体の中を歩いた雪広にとって血の海なんて気にすることはない。斬り抜いた空間越しに雪広は彼女に向かって話しかける。


「このままあなたを消すけど、何か言い残すことはある?」


 そう言うと、彼女は笑った。まるで自分は死ぬことはどうでも良いかのように。


「もう準備は終わってる。好きにすればいいよ」


「あっそう。ならそうさせてもらうわ。四方印、南」


 瞬間、雪広の目の前から蛇遣いの姿だけが消えた。家接の側によって肩を取ると、背後で肉の爆ぜる音がした。それが何を意味するのか家接は見ることはしない。蛇遣いの言ったことが心残りになっている雪広だったがすぐに頭を振って家接を家まで連れていくことを優先して、そのことを忘れるようにする。


 だがまるでそれを許さないかのようにして、背後で光が満ちた。

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