二つの
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうさん。
風に吹かれた木々が鳴く。
風が吹くたび一際強くざわめく。
「うぅ……」
その度に体が震える。
寒くなり始めたので、防寒はしているはずなのだが。それでも足りないほどにこの森は寒い。
鼻頭が冷えてしまうせいで、ジワリと涙が浮かぶ。
「……」
慣れているはずなのだが……年々寒くなり続けるせいで防寒が追い付かない。
今日もそれなりに厚着はしているはずなのだが。思っていたよりも長時間、下町にいたせいで、冷え込む時間に帰る羽目になったのがよくなかったんだろう。
「さむいなぁ……」
とは言え、頼まれてしまえば仕方ないし。
それで稼いでいる身としては、これぐらいは耐えるべきということだろう。
ありがたいことに、その仕事先で色々ともらうこともあるのだから。
防寒具なんかもよくもらう。いい人ばかりなのだあの町は。
「……」
獣道のような小さな道を歩いていく。
今日ぐらいは泊っていけばとも言われたが、本命の仕事は家に帰らないと出来ないので、外泊なんてそうそうできない。
そのためにこんな森の奥の家に住んでいるのだから。
「……はぁ」
人1人歩くのが精いっぱいの道を進んでいく。
ときおり荷物にツタが絡む。
それがやけにうざったらしく思ってしまうのは、寒すぎて早く帰りたいと思っているからだろうか。
と。
突然に視界が開ける。
つい先ほどまでは、緑が支配していた視界に、開けた土地が飛び込んでくる。
冗談のようにぽかりと空いたそこに。
冗談みたいに小さな家が建っている。
「……」
そこが我が家だ。
町のどこにでもあるような、小さな家。
申し訳程度の畑も作ってはいるが、時期が時期なせいであまり収穫は望めない。
というか、そもそもそちらは本業ではない上に、食べ物にはそこまで困らないので気にしてすらいない。たまに薬草を育てるくらいだろうか。
「……」
玄関前に置いてあるポストを確認する。
今日は、特に何も入っていない。
重要書類とか入れられるから、確認は毎日欠かせない。
……以前、そんな重要書類を送ったんなら連絡をしろと抗議したら、面白いから嫌だとか言われて大喧嘩したことがある。あの連絡係どうにかした方がいい。いつもどうでもいい事ばかりメッセージで飛ばしてくる。
「……ただいま」
小さく悲鳴を上げながら軋む扉を引く。
嗅ぎ慣れた家の香りが鼻をくすぐる。
「……ふぅ」
それだけで、体の緊張がほどけるのだから。家の安心感というのは底知れない。
強張っていた体から力が抜け、今すぐにでもベッドにもぐりこんでしまいたくなる。
が、そういうわけにもいかないので。
「……」
1人で生活するには丁度いい広さ。
窓際に置かれたベッド。部屋の中央に置かれた机。隅には申し訳程度のキッチン。さして大きくもない棚の中には、必要最低限のものしか入っていない。
部屋の奥には、一枚の扉がある。
「……」
もっていた荷物を床に置き、部屋の中へと入る。
室内は、外とは比べ物にならないほどに温かい。
壁際に設置された暖炉はぱちぱちと赤い火をともしている。
「……」
その暖炉の前に立ち、軽く手を温める。
かじかんだ手にジワリと熱が広がっていく。
ぼうっと火を眺めながら、思考を巡らせていく。
「……」
昨日頼まれていたこと。今日やろうと思っていたこと。一昨日届いていた荷物の事。そういえばそろそろ、次の準備をしないといけないのか。ならあの子に声を掛けておかなくては。あとあの人も一応声を掛けておこう。あとは……あぁあれもしないといけないのか。今日は何時に帰れるんだか。好きでやっているがきついものはきついよな。来年の準備もそろそろ手を付けておくべきか…?その辺は要相談だな。あとは……。
かち―
「ん……」
小さな物音が耳に届き、はたと気づく。
ぼうっとしすぎたようだ。
あまり時間がなかったはずなのだが。
「……」
首にかけていた鎖に手を伸ばし、服の中に忍ばせていたものを取り出す。
一瞬、ヒヤリとした感触が肌を襲う。
寒い間はしない方が良いかとも思っていたが、癖でこうして服の中に仕舞い込んでしまう。
それなりに大切にしているものではあるので。
「……」
鎖に繋がれているのは、小さな懐中時計だ。
古めかしいシンプルなデザインのモノ。
小さな針が、かち―と動く。
秒針はせわしなく動いている。
「……」
時間も丁度いい頃合いだし。
早めに行ったところで歓迎されるだけだからいいか。
「……」
懐中時計を服の中に仕舞い込む。
暖炉の前から離れ、床に置いたのとは別の。
壁にかけていた鞄を手に取る。
そのままの脚で、部屋の奥へと向かう。
そこにあるのは、何の変哲もない扉。
「……」
くるりとノブを回し、そのまま扉を押す。
ぎぃと音を立てて開いた先。
内から、音があふれる。
「……」
冗談みたいに広い空間がそこにはあった。
ざわざわと人の声がいろんなところから聞こえる。
そこには、図書館かと見紛う程の、大量の本がある。
本棚に綺麗に整頓でもされていればよかったのだが。
あいにく、ここにはそんなものはない。
そこにふわふわと浮いているだけだ。
「……」
その間を何かが横切る。
猫だったり鴉だったりもっと異形のものだったり。
―人間だったり。
「あ、おはよー」
突然声がかかる。
そこにいたのは同僚だった。
ひらひらと眠たげな表情で手を振っている。
「おはよー」
同じように手を振り返し、合流する。
別段約束をしているわけでもないが、こうしてよく一緒に仕事に行くのだ。
出勤時間が同じだしな。
「ねむいわぁ」
「いつもおんなじこと言ってますけど?」
軽い雑談を交わしながら、地面をける。
ふわりと浮いた勢いのままに、本の隙間を抜けながら。
仕事先へと向かう。
魔法の広がるこの世界と。
魔法のないあの世界で。
今日も。
お題:図書館・懐中時計・浮かぶ