テスト期間(五)
「良いよ。英語を上げたって、一高には各教科五点以上足りないし、家は『一高以外はみな同じ』って、言われているからさぁ」
右手を左右に振った。
真治には英語なんて、どうでも良いものだった。
英語にも『草書』や『変態仮名』があるんだと思って『筆記体』なるものを書けるようにしたのであるが、誰も使用していなかった。
なんだぁと思った。
話題を変えようと思って、香澄に聞く。
「所で、そう言う小石川さんの進路は? どこ行くの?」
香澄は一旦英語から逸れて、にっこり笑った。
「私は、私立の音楽科に行きたいです!」
元気良く右手の拳をあげた。真治は頷いた。なるほどだ。
「へー。ピアノ上手だもんね。でも、一応、五教科聞いても良い?」
真治は『一応』の後、ちょっと意地悪く聞いた。そして笑った。香澄の表情筋が一瞬で強張る。
「英語は勝ってます」
香澄は笑顔で答えた。そして固まった。
「ほーかーはー?」
真治は尚も意地悪く聞く。さぁさぁ、答えてくだしゃんせ。
「英語は勝ってます」
香澄は笑顔で答えた。そしてまた固まった。
真治は笑顔になると、固まっている香澄を覗き込んだ。
目を大きくして、さっきのお返しとばかりに問う。
「いや、英語で二回勝たなくて良いから。国語は? 算数は?」
トランペットは既にピカピカである。もう磨く所はない。
香澄は『どうしよう』と思っているのだろう。目を丸くして、キョロキョロするばかりだ。
遂に人差し指と中指をおでこにあて、恰好を付けた。中間試験の結果を思い出す仕草であろう。
思い出したが言葉にはできないのか、まだ口をもごもごしている。
すると急に、『笑顔』になって、大きな声で答える。
「二人の関係を壊す恐れがあるので、お答えできません!」
「あぁっ、そう、来ましたかぁっ。んんっ」
悔しいぃ。真治はのけ反ると、香澄を指さして笑った。
香澄も、そんな真治を見てホッとしていた。
実際には『何も答えていない』のに、顎を上げると『答えてやったぜ』という得意気な顔をしてから、真治と一緒に笑った。
真治は、トランペットをケースにしまいながら思った。
こやつ、なかなかに『賢い女』である。と。




