テスト期間(三)
渋い顔をして答える。香澄はまた目を丸くする。
「なんで、四教科より、低いんですかっ!」
真治もそう言われると思っていた。予想通りである。
香澄は、ちょっと鼻で笑っている。それでも口をへの字にしたまま目を合わせない真治を、慰めるように言葉を続ける。
「でも、結構頭良いんじゃないですか?」「そうでもないよ」
真治は顔をあげた。慰めにもなっていないのか、素っ気ない。
「そうなんですか?」
香澄は不思議そうに真治に問い直した。真治は真顔になって話す。
「うん。吹奏楽部は頭良い人一杯いるよねぇ。五教科とか四百五十点超えるのは当たり前だから」「そうなんですか?」
「うん。大体、下二桁の点数で言い合ってるでしょ」「えぇ?」
そう。『テスト何点だった? 俺七十』『俺七十五ぉ』『負けたぁ』という会話は、『テストの合計点が、四百何点か』の話であって、『一科目の点数』で競っている訳ではない。
この場合、勝った方の点数は『四百七十五点』だ。
ただ、香澄はそんな会話を聞いたことがない。
何しろ一年生、まだ中間試験しか経験していないし、誰かとテストの点数を、言い合うことがなかったのだ。
納得したのか、香澄も口をへの字にして渋い顔をする。
「そうなんですね。みんな頭良いんですねぇ」「そうそう」
どうやらココにいる二人は、やっぱり?
「うちの学校から一高に行くの、だいたい吹奏楽部員だもんねぇ」
一高とは、戦前の旧制中学が戦後現在の制度になって、高校に変わった歴史のある学校のことだ。
要するに、地域で一番頭が良い学校のことだ。さっきの二人は、もうちょっと頑張らないと入れないかも。
「そうなんですか。小野寺先輩は、どこ行くんですか?」
「わたしゃ三高辺りが精一杯でございます」
真治はへの字口になり、左手に持ったトランペットと、右手に持った掃除用クロスを体の横で肘を曲げて持ち上げた。
三高とは、戦後に誰もが高校に行くようになって設置された、普通の高校である。
「そうなんですね。じゃぁ、やっぱり普通だったんですね!」
香澄は自分の答えが正解だったのだと思って笑った。
真治も確かにと思ったのか、悔しそうにちょっと口を尖がらせて笑った。そう。普通万歳だ。
「所で、何が、何点位なんですかぁ?」
香澄が『悪戯っぽい笑顔』をして、聞いてきた。
聞かれた真治は、ちょっと驚く。
香澄のその顔は見覚えがある。真衣と二人だけの時に見る顔だ。




