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交差する想い(十一)

「ごめんね。何音階になるか判らないけど、縦笛っぽくやらせて」

 今日の目的は正しい指使いではないので、香澄の説明に納得しながらも、真治はやりやすい縦笛をイメージして指使いを確認した。


 意外にもそれでも音階にはなって、ごにょごにょとやっていると、ドレミファソラシドの音階が吹けた。

 問題はココからだ。


「吹いてみると結構大変だね」

「でも、最初から吹けるなんで凄いです」

「口の締め具合がトランペットと似てるかね」

 真治は自分の口をマッサージした。


 吹奏楽部に男子は少ないので、男子同士は仲が良かった。

 休憩時間や練習終わりに集まって、お互いに楽器を交換しあって演奏したこともある。だから、サックスを吹いたことはあるが、クラリネットはなかった。


「結構痛くなりますよね」

 香澄も自分の口の周りをマッサージして答えた。

「サックスよりだいぶ締める感じだね。だから硬い音なんだね」

「そうなんですね」

 真治はもう一度マウスピースを咥えると、角度を変えたり、咥える深さを変えたり、トランペットでやるようにビブラートをかけてみたりした。


「音色に変化出すの難しいんだね」

「そうですね」

「リードの締め具合変えてみたら?」

「変えて良いんですか?」

 そう言われて真治は笑った。


「良いんじゃない? 目盛りがあってココって指定があるの?」

 壊してはいけないと思って真治は金具をよく見た。目盛りはない。

「いいえ、そういうのはないです」

 香澄の答えを聞くと、真治は頷いてマウスピースに取り付けられたリードを少し緩め、リードの前後の位置と締め具合を調整した。


「ジャズだとリードを少し出すんだよね」

 ちらっとマウスピースを香澄に見せた。そして息を吹き込んだ。

『プー』

「な、何か変わりましたね」

「そうだね。柔らかくなったね」

 真治はクラリネットのドレミ音階の指運びを確認した。


「はい。あ、教本これです」

 香澄がそう言って教本を開いたが、真治は立ち上がって全力の息をクラリネットに吹き込んだ。

 そして、もう一度咥え方、マウスピースの角度、音階の指使いを確認すると、大きく息を吸った。


 そして、ゆっくりと『グリーンスリーブス』を吹いた。

 それはAメロ、Aメロ、サビ、サビと、一分ちょっとの演奏。

 それでも最後は、トランペットのように朝顔を上に向けると、爆音を音楽室に轟かせた。


「おーのーでーらー、ちょっと、うるさーいぞー。こっちこーい」

 村田が言葉を選びつつ、ゆっくりと苦情を申し上げる。

「こんな感じでどう? 呼ばれちゃった」

 真治は香澄に声をかけたが返事がない。

 どうしたのか様子を見ようとした、そのときだ。


「お前、クラリネットにコンバートしてやろうかっ!」

 真治は慌てて村田の方を見た。

 先生? 俺からトランペット取ったら、何が残ります?


「えー、それは困りますぅ」

 そう言いながらクラリネットを香澄の方に動かすと、香澄が受け取ってくれた感じがしたので、手を離して村田の方へ急いだ。


 真治は村田から怒られるのかと思ったが、そうではなかった。


 それに、十分も話していないと思っていたが、香澄は既に音楽室にも、教室にも、下駄箱前にもいなかった。


 その日、真治は首をかしげながら一人で帰った。

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