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交差する想い(十)

 木管楽器と言うが、本当に木でできているのは、クラリネット、オーボエ、ファゴットだろうか。フルート、ピッコロ、サックスも木管楽器だが、木でできたものは見たことがない。


 木の性質上、湿気には弱い。

 演奏が終わったクラリネットは、乾いた布を専用の掃除用針金に巻き付けて、水分をふき取る必要がある。


「お掃除中?」

 後ろから声がする。

 香澄は声の方を向くと、真治ではないか。あわわ。日記で予告はしていたが、あわわ、今日は来ないと決めつけて、油断していた。


「あ、は、はい、ど、ど、どぞっ」

 他のクラリネットは既に席を外している。

 楽器代表のパートリーダー数人が、反対のフルート側にあるエレクトーンにたむろして、村田と話をしている位だ。

 真治が香澄の隣の席に座った。


「学校のクラってどれ?」

 真治は一応気を使って聞いた。


「私の使ってくらはい」

 そう言うと香澄は、蓋を開けて床に置いてあったクラリネットケースを手で真治の方に動かした。

 クラリネットはケースの中でバラバラになっている。


「良いの?」

「はい。どぞ」

 言われた真治は頷いて、マウスピースを取り出した。

 クラリネットのマウスピースは、竹製のリードを留め金で固定し、それを咥えて音を出す。

 マウスピースは既に掃除されていて、リードは外されていた。


「咥えちゃって良いの?」

「どうぞ。どうぞ。ガブっとどうぞ」

 頷きながら香澄が答えた。

 マウスピースの先端は奏者の歯形が付くので、ちょっと窪んでいる。真治は自分が咥えて良いのか確認したのだ。


「ニューリード、新しいの、出しましゅね」

「はーい」

 そう言うと、リードケースから新しいリードを取り出し、電球にかざして割れていないことを確認した。それを真治に手渡す。

 真治はリードを受け取り、自分でマウスピースに取り付けようとしたが、全部香澄に返した。


「いつも、どんな位置に付けてるの?」

「あぁぁ、はいっ」

 香澄は慌てながらも『いつもの通り』にリードを取り付けた。そして、それを真治に渡す。

 真治はマウスピースを眺めて、先端の具合、リードの閉め具合を確認した。

「結構きつめなのね」

「そうなんですか?」

「そんな気がする」

 躊躇なくマウスピースを咥えて、一息吹く。

『ピー』と大きな音が鳴る。

 真治は自分が出した音にびっくりして、吹くのを止めた。


「びっくりしたー、凄い音だね」

「クラリネットは、楽器を付けないと凄いんです」

 真顔の真治に、香澄が苦笑いして言う。

「そうなんだ。トランペットと逆だね」

 真治も苦笑いしている。


 香澄は掃除が終わったクラリネット本体を、上から順番に真治に渡した。真治はそれを受け取ると、慎重に接続する。


「こんな感じ?」「はい」

 と、一か所づつ確認した。最後に朝顔を取り付けて、クラリネットが完成する。

 なんとなくな感じでクラリネットを持ち、縦笛の要領で一息吹く。


『プー』

 聞いたことのあるクラリネットの音が出た。

「それ『ド』じゃないんですよ」

「へー、そうなんだ」

 香澄の説明に真治は答えた。指をカチャカチャ動かしている。


「縦笛の『ソ』がクラリネットの『ド』に近いです」

「こうかな」

 真治はやってみたが、ちょっと違和感があった。

 それに、ト長調は苦手だ。

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