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交差する想い(六)

 真治は渡り廊下を『ダン』してからの着地は、両手を真っすぐ上にあげ、微動だにしない精度だった。

 決まった。十点零零だ。あと、バク転は練習中だ。


「失礼します」

 そう言って職員室に入った。

 念のために言って置くが、今日は失礼をするつもりは、ない。

 入ってすぐの所には壁に窓があって、靴を履いたままの人との『受付』が、できるようになっている。

 その奥に、各種教室の鍵をかける所があり、真治はそこに向かう。

 失礼をすると言ってから、三秒以内である。


 職員室には、まだ数名の教員が事務をしていた。

 その中に、吹奏楽部顧問の村田もいる。村田には、失礼な真治が来たのは、一連の音で判る。顔をあげた。


「ご苦労さん」「鍵閉め終わりました」

 真治は一礼して音楽室の鍵を所定の場所に戻す。

 やっぱり真治だった。村田は机に向かう。事務をしながら、真治に聞く。

「欠席多いのいる?」

「そうですねぇ。クラリネットの北山さん、フルートの澤山さんが、先週の木曜日からお休みですね」

「そうか。えーっとね、北山は確か風邪って連絡あったな。今日学校来ていた気がするけど、早退かな。澤山はお姉ちゃん? 妹? どっち?」

「二年の方ですね」

「そっちか。姉妹喧嘩か? 今度お姉ちゃんの方に聞いとくわー」

「よろしくお願いします」

 真治は頭を下げて行こうとする。その時、村田が呼び止めた。


「お前に色々押し付けて悪いね。助かっているんだけど、お前は大丈夫かぁ?」

 真治は苦笑いした。

 村田は、小学校三年生と四年生の時の担任で、四年生からはブラスバンド部の顧問でもあった。

 部活のこと、家庭のこと、色々世話になった。


 しかし、問題を起こした真治は、五年生になる時に転校した。


 それが、中学に入ったら、また一年、二年と担任になり、吹奏楽部の顧問となったのだ。

 中学では、まだ、余り、割と、迷惑をかけていない、つもりだ。


「フルートとクラリネットの人数が多過ぎて、出席取るのが大変なんですぅ」

 真治が神妙な顔つきで言った。

「あはは。そうかそうか。それじゃぁ、フルートとクラリネットにも『出席係』指名して、お前に報告させるやふにしやふ」

「あっ、それは助かりまする。よろしくお願いしまするる」


 言ってみるものだと真治は思った。

 真治はお辞儀して行こうとするる。


「誰にするるぅ?」

 後ろから村田の声がして、真治は振り返った。

「一年ですかるる?」

「その方が良いだろ?」

 真治は同じクラスに、フルートとクラリネットの部員がいたので、その顔を思い浮かべたが、村田に言われ『確かに』と思って消した。


「出席率が良いのは、フルートは山本さん、クラリネットは小石川さんですね」

「えーっと『こいしー』か」「はい」

 香澄は吹奏楽部で、三年生からは『こいしー』、二年生からは『石川さん』、一年生からは真衣が呼ぶ『澄ちゃん』が定着しつつある。

 誰か『小石川さん』と呼んであげて下さい。


「判った。本人に言っとく」

「よろしくお願いします」

 真治は頭を下げて、百八十度ターンをした。


「こいしーさぁ」

「はいー」

 また村田の声がして、真治はさらに百八十度ターンをした。

「何回ってるんだ。あのさ、こいしーさぁ、何かクラの中で浮いてるから、ちょっと気にかけてやってぇ」

「判りましたー」

「お前、女の子、泣かすんじゃないぞー」

「何で、そうなるんですかぁ」

 言いながら真治は、更に百八十度回転して目が回った。

 職員室の出口で、またまた回転してお辞儀をすると、村田は下を向いたまま『うっす』という感じで、赤ペンを持ったままの右手をあげた。


 真治が職員室を出て、渡り廊下をジャンプした時。話題の『こいしー』が廊下の奥に現れた。


 今日は髪型が変わっていたので、失恋したとか、イメチェンしたとか、そういう噂を耳にしていた。

 普段は誰も気にしちゃいないのに、女子の髪型が変わると言うのはこういうことかと、しみじみと思ったものだ。


 真治は階段の途中で止まり、心配して『こいしー』に声をかけた。

 すると『こいしー』は、真治が想定したよりも数段上、物凄く良い笑顔になったではないか。


 ちょっと拍子抜けする。


 それでも安心して、階段を駆け上がった。

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