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交差する想い(四)

 今朝真治から日記を受け取った後、香澄は早く読みたいと思って、人が少ない場所を考えた。

 しかし、日記帳だけを持って行くことはできない。カバンを持って行ける場所、不自然でない場所。


 そう考えている内に、香澄は気が付いた。

 確認はできないが、きっと鍵がかかっているのではないかと。

 香澄は溜息をした。

 そうだ。真治だって人の子。私以外の人に読まれたくないと思えば、絶対に鍵をかけているに違いない。


 そもそも、クラリネットとトランペットの接点は少ないのだ。

 夕方の練習時はもちろん、片づけ時も、トランペットとクラリネットの収納棚は離れていて、作業しながら近付くことはできなかった。


 明日は朝練があるので、机を廊下から音楽室に入れることもない。だから今日も、音楽室で真治に声をかけることはできなかった。


 香澄は練習後、入念な楽器の手入れを今日もしていた。

 そして、何度も自分の真上にある音楽室の時計を見る。

 やがていつも真治が『カギ閉めます』と言うであろうちょっと前に、クラリネットを棚にしまって音楽室を出た。


 誰もいなくなった放課後の教室に、香澄は一人で座っている。

 友達は誰もいない。いや、そう言う意味じゃ、な、く、て。


 今日も長い一日が終わった。後は帰るだけだ。

 香澄は早く帰りたかった。

 早く帰って、カバンの中の日記を読みたい。


 静寂の中、階段を駆け下りる足音が聞こえて来た。

 その足音は、階段の段数とは異なっている。

 突然『ダン』と、大きな音がした。最後の数段は飛んだのか、両足で着地したのだろう。

 その後は廊下を上履きで擦る『独特の音』が、遠ざかって行くのが判る。


 やがて、職員室手前の渡り廊下にあるスノコを『ダン』と踏み込む音がした。きっと飛んだ。歩けば三回聞こえるはずだからだ。

 足音は着地した所で止んで、『失礼します』という声が小さく聞こえて来る。職員室の扉を勢い良く開ける音がした。


 その音を聞いて、香澄はもう一度深呼吸をして立ち上がった。

 左手にカバンを持って、素早く教室の後ろの扉の前に立つ。そして右手で教室の扉を、開けない。


 まだ開けない。

 時計も見ずに待っているのだから、時間が経つのが遅すぎる。教室の扉に手をかけた右手の感覚が、段々無くなってくるのが判る。


 永遠に続くのかと思った次の瞬間、香澄は我に返った。

 職員室の扉が開いたのだ。『失礼しました』という声も聞こえた。そして『ダン』『ダン』とスノコを踏み込む音がする。


 香澄は右手に力を込めて扉を開け、教室の後ろから廊下に出た。

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