交差する想い(三)
教室に行くと真衣の姿がない。真衣はカバンを残して、先に朝練へ行ったようだ。
香澄もカバンから、素早く教科書とノートを取り出し、机の中に移す。そしてカバンに鍵をかけ、机の横に引っかける。
我ながら『冷静であった』と、思ったその時。筆箱をカバンに入れっぱなしであったことに、気が付く。
カバンの蓋を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
自分でかけたのを思い出して、すぐに解錠する。
そして、取り出した筆箱を右手に持ったまま、やはり右手に持ったままの鍵で施錠しようとしたが失敗し、両方床に落とした。
ガシャンと大きな音が鳴り響いたが、教室には誰もいない。
急いで色々回収すると筆箱にまとめて収納し、蓋を閉じて机にしまった。そして今度は、カバンを施錠をしようとしたが、さっきまであったカギが見つからない。
冷静さを保ったままの香澄は、直ぐに『消しゴムとカバンの鍵』を、一緒に拾ったことを思い出した。
机から筆箱を取り出すと、さっき、ぎゅっと閉めたばかりの蓋を開け、消しゴムを探し始める。
消しゴムは直ぐに見つかった。香澄は消しゴムを使ってカバンを施錠しようとしたが、うまく行かない。
何故か鍵穴に消しゴムが入らないのだ。
手が震えているからだと思った香澄は、深呼吸してみた。さっきは上手く行ったのにと思ってから気が付く。これじゃない。
もう一度筆箱を探す。鉛筆とその仲間達をじゃらじゃら動かしていると、小さな鍵を見つけた。
コレだよ。香澄は直ぐにカバンに鍵をかけた。
そして、机の横に引っかけ、筆箱の蓋を閉め、机にしまった。
早く朝練に行かないと。
席を立った香澄は、何故か消しゴムが『机の端に残っている』のに気が付いた。
香澄は溜息を付く。我ながら嫌になる。
香澄は椅子に座り直すことなく消しゴムを掴むと、机の中に放り込んだ。
朝練の音楽室に向かうと、真治が入り口で待っていてくれた。
いや、そう思ったのは『香澄だけ』で、他の部員はそう思ってはいない。
真治は左手に手帳を持ち、曲げた肘にトランペットをぶら下げている。人が少なくなったら、ここでも練習するためだ。
基本的には、右手に持ったボールペンで、出席を取っている。
真治の前に行列を作っているのは一年生だけで、上級生は顔パスである。
「おはようございます。フルートの山上です」
「おはよー。山上さん山上さん山上」
「ここです」「あ、どうも」
フルートは一年生が一番多い。真治は山上の名前を探していたが、名簿を覗き込んだ本人に教えてもらっていた。
「おはようございます。サックスの大徳寺です」
「おはよー。大徳寺さん、と。おはよー」
サックスは一年生が一人しかいないので、直ぐに名前が見つかる。
「おはようございまーす」
次に顔パスで入って行ったのは、トランペット期待の新人、川上だ。同じパートだし、ちょっとだけ『特権』っぽい。
ちなみに真衣の入室は「ちーす」と、右手をあげて入る『上級生スタイル』だ。
香澄の順番が来た。
「クラリネットの小石川です」
いつも通りの小さい声だ。
「小石川さん小石川さん小石ー」「ここです」
香澄の指先と真治の指先が、一瞬触れた。
「あ、どうも」
香澄は冷静を装って音楽室に入る。しかし、次に入室した同じ一年の佐藤から肩をトントンされ、声をかけられた。
「澄ちゃん、『先輩へ挨拶』無かったよ」
「あ、しまった。ごめん」
香澄は佐藤に謝った。佐藤は笑って答える。
「いや私に謝られても。でも大丈夫だよ。先輩もしてなかったから」
そう言って手を振り、自分のパートの方に行ってしまった。
香澄は、ちょっと安心した。




