交差する想い(二)
もし、その様子を『表通りから見ている人』がいたとしたら、三つ編みした髪を後ろでピン留めして、まとめた姿だろう。
白いうなじに日が当たることに慣れていないのか、首の辺りを気にしているのも判る。そして、目を凝らせば、もう日に焼けたのか、真っ赤になっている耳が、観察できただろう。
真治の左後ろに追いついた。真治が右手にカバンを持ち、リレー走者のように左後ろを見ながら左手を後ろに伸ばしている。
それを見て、左手を伸ばそうとした香澄だったが、直ぐに気が付いて左手を一度引っ込めると、真治の右側に回り込んだ。
真治も気が付いて、左手を引っ込めて前を向く。
そして、自分の前でカバンを右手から左手に持ち替える。そこへ、丁度右側に、香澄が追い付く。
二人は見つめ合って手をつなごうとしたが、すんでの所でお互いに引っ込めた。
歩き続けていたから、銀行の建物が途切れたのだ。
日が、再び二人を照らす。細道の向こうには、同じ制服を着た集団が見える。
そのまま二人は歩き続け、再び住宅街の日陰となった所まで行くと、お互いにまた手を伸ばした。
互いの温もりを感じた時、二人はちょっとだけ見つめ合ったが、直ぐに前を向いた。握り合った手はそのままだ。
街道はすぐ前に見えるが、まだ距離はある。
信号待ちをしているのか、ハンドルを握る運転手の姿は見えるが、男なのか、女なのかは判らない。
やがて信号が変わったのか、車は出発して行った。
後から続く車も、右から来て勢い良く走り抜けて行くものだから、車の様子は判らない。
住宅街は静かで、誰の様子もない。
ブロック塀の上を猫が歩いている。
それが、二人の様子を見ていたと思ったら『ピョン』と、ブロック塀の上から二人の目の前に飛び降りて来た。
そして、反対側へ走り去る。
香澄がその時、驚いて真治の手をきゅっと握ったが、何でもないことだった。
それでも歩く速度を、今度は香澄の速度に合わせていたのに、街道が近付くにつれ、その歩みが段々遅くなっていることに、真治は気が付く。
二人は結局、街道の手前で完全に止まった。
また二人は見つめ合ったが、今度は目を逸らさずに、真治が笑顔を見せた。香澄はその笑顔を見て、再び歩き始める。
無念。二人にとって、学校は近過ぎた。
二人は前を向いたまま街道に辿り着くと、そのまま手を離した。
左に曲がって、横断歩道を渡る必要がある。そこには大勢の生徒が、歩いているからだ。
真治が小走りに、そしてカバンを右に持ち替えて走り始めた。
振り返って安全を確認すると、香澄を見ながら点滅し始めた横断歩道を渡って行く。
風のようだ。直ぐに姿が見えなくなった。
仕方のないことなのだ。それは香澄にも判っていた。
何故なら、真治が音楽室の鍵を開けて、出席を取る係なのだから。
香澄は横断歩道まで辿り着くと、沢山の生徒の中に紛れ込む。前方を見ると、真治がもうだいぶ小さくなっている。
香澄は目の前の信号が『緑』になったのを見て、皆と一緒に歩き始める。普段なら下を向いて、足元を確認しながら歩く香澄だが、魚群の一匹のような集団の中にあって、前を見て歩いていた。
ゆらゆら揺れる人の間から、全速力で走る真治の背中を見つめていた。学校の前に着くと、速度を落としたのが判り、横顔が見える。
香澄は目を凝らしたが、今度は左に走り始めた真治の横顔から、その表情は読み取れない。
横断歩道を全速力で走り抜け、校舎の陰になってしまい、もう完全に見えなくなった。
香澄は深呼吸しながら、校門までゆっくりと歩いて行く。
気が付けば、左手に残る『真治の温もり』が消えないように、そっと握りしめていた。




