表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/272

交差する想い(二)

 もし、その様子を『表通りから見ている人』がいたとしたら、三つ編みした髪を後ろでピン留めして、まとめた姿だろう。

 白いうなじに日が当たることに慣れていないのか、首の辺りを気にしているのも判る。そして、目を凝らせば、もう日に焼けたのか、真っ赤になっている耳が、観察できただろう。


 真治の左後ろに追いついた。真治が右手にカバンを持ち、リレー走者のように左後ろを見ながら左手を後ろに伸ばしている。

 それを見て、左手を伸ばそうとした香澄だったが、直ぐに気が付いて左手を一度引っ込めると、真治の右側に回り込んだ。


 真治も気が付いて、左手を引っ込めて前を向く。

 そして、自分の前でカバンを右手から左手に持ち替える。そこへ、丁度右側に、香澄が追い付く。


 二人は見つめ合って手をつなごうとしたが、すんでの所でお互いに引っ込めた。


 歩き続けていたから、銀行の建物が途切れたのだ。

 日が、再び二人を照らす。細道の向こうには、同じ制服を着た集団が見える。


 そのまま二人は歩き続け、再び住宅街の日陰となった所まで行くと、お互いにまた手を伸ばした。


 互いの温もりを感じた時、二人はちょっとだけ見つめ合ったが、直ぐに前を向いた。握り合った手はそのままだ。

 街道はすぐ前に見えるが、まだ距離はある。

 信号待ちをしているのか、ハンドルを握る運転手の姿は見えるが、男なのか、女なのかは判らない。


 やがて信号が変わったのか、車は出発して行った。

 後から続く車も、右から来て勢い良く走り抜けて行くものだから、車の様子は判らない。


 住宅街は静かで、誰の様子もない。

 ブロック塀の上を猫が歩いている。

 それが、二人の様子を見ていたと思ったら『ピョン』と、ブロック塀の上から二人の目の前に飛び降りて来た。

 そして、反対側へ走り去る。


 香澄がその時、驚いて真治の手をきゅっと握ったが、何でもないことだった。

 それでも歩く速度を、今度は香澄の速度に合わせていたのに、街道が近付くにつれ、その歩みが段々遅くなっていることに、真治は気が付く。

 二人は結局、街道の手前で完全に止まった。


 また二人は見つめ合ったが、今度は目を逸らさずに、真治が笑顔を見せた。香澄はその笑顔を見て、再び歩き始める。


 無念。二人にとって、学校は近過ぎた。


 二人は前を向いたまま街道に辿り着くと、そのまま手を離した。

 左に曲がって、横断歩道を渡る必要がある。そこには大勢の生徒が、歩いているからだ。


 真治が小走りに、そしてカバンを右に持ち替えて走り始めた。

 振り返って安全を確認すると、香澄を見ながら点滅し始めた横断歩道を渡って行く。

 風のようだ。直ぐに姿が見えなくなった。


 仕方のないことなのだ。それは香澄にも判っていた。

 何故なら、真治が音楽室の鍵を開けて、出席を取る係なのだから。


 香澄は横断歩道まで辿り着くと、沢山の生徒の中に紛れ込む。前方を見ると、真治がもうだいぶ小さくなっている。


 香澄は目の前の信号が『緑』になったのを見て、皆と一緒に歩き始める。普段なら下を向いて、足元を確認しながら歩く香澄だが、魚群の一匹のような集団の中にあって、前を見て歩いていた。


 ゆらゆら揺れる人の間から、全速力で走る真治の背中を見つめていた。学校の前に着くと、速度を落としたのが判り、横顔が見える。


 香澄は目を凝らしたが、今度は左に走り始めた真治の横顔から、その表情は読み取れない。

 横断歩道を全速力で走り抜け、校舎の陰になってしまい、もう完全に見えなくなった。


 香澄は深呼吸しながら、校門までゆっくりと歩いて行く。


 気が付けば、左手に残る『真治の温もり』が消えないように、そっと握りしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ