長い日曜日(四十一)
真治は両手をズボンのポケットに入れ、早足で歩いていた。もう切り替えていて、爆発したはずの時計が、コチコチと時を刻む。
やや前傾で歩くその姿勢は、知らない人が見たら『急いでいる人』そのものだ。
しかし、真治にとってそれは『全速力歩行』ではなかった。まだ腰を振っていない。出力で言うと大体八割位だ。
左手をポケットから手を出し、時計を見た。そしてまたポケットに突っ込む。
ゴールは見えているのに着かない。これがイライラする。
また時計を見た。
遂に真治は小走りになった。
駅前まで来ると牛丼屋の前を通らず、反対に向かった。
賑やかな『アイランドA』の入り口を通る時、右手を出してパナバ帽に手を添えて、顔を隠した。
裏手に回ると、扉に付けられた十センチ程の蓋を上に開ける。
解錠する暗証番号を押した。開いた。蓋を戻す。ドアを開けた。入る。そしてドアを閉めた。
誰も見ていなかったが、真治はちょっと『きびきびとした動き』をして、格好付けてみたのだ。ムーンウォークは練習中だ。
「小野寺戻りました」
バックヤードは誰もいなかった。誰に言った訳ではない。そういう決まりになっていたからだ。真治は廊下から店長室に入った。
「真治戻りました」「あ、早かったね」
今度は店長がいた。受話器を置いて、丁度時計を見た所だった。
「皆さんに悪いですからね」
「済まないね。レジ混んでくると思うから、サポートに行ってもらえる? あと、そろそろ明日の精肉が届くかな」
店長がそう言って書き物を終え、顔をあげる。
真治もその目線の先にある時計を見た。
「半でしたっけ?」「そう」
十六時半まであと十六分。真治は店長室にある自分のロッカーを開けると、店長がそこにいてもお構いなしに着替え始めた。
「今週雨が多いみたいだから、雨備品のチェックよろしく」
「判りました」
「あと、あれだ、何だっけ」
着替えている最中も店長からの指示が続く。
「卵の特売ポップですよねっとっとっと」
真治はズボンを履き替える時、引っかかって片足でぴょんぴょん跳ねた。
「そう、それ。チラシと一緒に出したよね」
「はい。昨日ゲラあがってたんで、OK出しときました」
「ありがと」
店長は書き物をしながら顔をあげた。着替えた真治と目が合った。
「良い感じだった?」「はい。特・売・って感じで」
真治は右手で空中に特売の文字を想起させた。
「いや、チラシの方」
店長が『勘が悪い』と、語尾で語っている。




