表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/272

長い日曜日(三十九)

「本当に言ってたの?」

 パートへ行く支度をした真理子が、居間を覗き込みながら聞いた。香澄は座卓前に座ったまま体を捻って、真理子の方を見て答えた。


「さらっと言ってました」

 真理子は口をへの字曲げて『しょうがない奴』という顔をした。香澄も口をへの字に曲げて同意したので、ちょっとおもしろくなって苦笑いした。


 真理子は考えていた。

 トランペットと書かれたノートのページ数は、残り少ない。

 そして、天気と洗濯物とお弁当のおかずについての記載だけが続き、真治と真理子の間だけを往復する日々が続いている。

 そんな『日常の様子』で埋まって行くノート。

 それはそれで、真理子にとって『真治を感じることができる』大切な宝物に違いなかった。


「あら、それお父さんのでしょ?」「お父さんのは私のでしょ!」

 悪びれることもなく、当然のようにプリンを食べ始めた真衣に、真理子は気が付いた。


「あんたもしょうがない子だねぇ」「何が?」

 ポカーンとしながらもプリンを食べ続ける真衣。

 その様子を見ていると、笑いながら振り返った香澄と、また目が合った。真理子は思わず口にする。


「ごめんねぇ。こんな子達でも付き合ってくれて」「いえいえ」

 苦笑いしながら香澄は頷いた。

 香澄には判っていた。真衣も真治も『悪気』はないのだ。


「じゃぁ、パート行って来るから。お夕飯は適当に食べてね。あ、あとプリンありがとうございます、ってお母さんに言っといてね」

「はい」

 返事をしたのは香澄だけで、真衣はプリンを食べ続けている。


「どうやら、私の分はないみたいだけど!」

 真理子は真衣に聞こえるように嫌みを言った。


『これ、美味いなっ』


 真衣がしゃがれ声で言った。香澄には真衣が『またふざけている』ようにしか、見えなかった。


 しかし真理子には、それが病没した夫、『智成の真似』だと、直ぐに判った。

 親の決めた許婚ではなく、平社員の真理子を選んだ智成は、結婚後に様々な『親族の掟』に翻弄され続けた。

 それでも家庭では、何でも美味そうに食べる『健康優良児』そのもので、慣れない家庭環境の中、胃薬を常用していた真理子の方が、当然先に逝くものと思っていた。あれからもう五年か。


「じゃぁ、お母さん行って来るから」

「はーい」「いってらっしゃーい」

 返事はしたものの、真衣は容器にくっついているプリン片をかき集めている。

 真理子は『そこまで真似するか』と思いながら吹き出した。


「今度、またプリン作ろっか?」「本当!」

 真衣に憑依していた智成は一瞬にして成仏し、いつもの様子に戻った真衣が顔をあげ、笑顔を真理子に見せた。

「いつ? 今日? 明日?」

 そして食いつくように問うてくる。


「今度は今度よー」「じゃぁー明後日かー」

 最後の一口を食べながら真衣が確信的に言うものだから、香澄は『今度=明後日』であることは理解した。

 しかし、何故なのかは判らない。そう。進藤家で覚える日本語は、斬新なものが多いのだ。


 真理子は笑いながら居間に背を向け、台所の片隅にある玄関に向かって歩き始めたが、直ぐに立ち止まった。


「あぁ、そう言えば卵の特売、明後日だったかも」「ほらねっ!」

 真理子の声がして、真衣が叫んだ。


 香澄は疑問が解決したのと同時に、パッと『日傘』のことを思い浮かべていた。

 真衣の『何かを感じる特殊な能力』を、今週もまた、体験したと思っていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ