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雨の帰り道(七)

 傘に叩きつけるザーという雨音が、時間を元に戻した。二人は見つめ合ったまま、ハッと我に返る。

「大丈夫?」

 真治の問いは、さっきまでとは違う高い声。香澄は思わず両手で口を押える。笑いを堪えるためだ。そして、そのまま頷いた。


 それを確認した真治は、安心したのかそれとも『あらぬ所』を触ってしまっていることに気が付いたのか、まず左手を離す。

 顔を真っ赤にしながら、それでも冷静を装う。そのまま頭上の傘を倒さないように、自由になった左手でそっと掴む。


「痛くなかったですか?」「石頭だから大丈夫」

 真治の声がまだ上擦っている。やせ我慢なのか。それとも。

 まぁ、疑うのは止めよう。石頭なのは確かに事実なのだから。

 それでも香澄には『変な理由』に聞こえたのだろう。まだ全力で、笑いを堪え続けている。箸が転がるより面白いことが起きたのだ。


 二人はとりあえず、傘の下へ。お互いの定位置に戻った。

 先ずケガしていないか確かめ合う。そして次に、傘からはみ出して濡れてしまわないように、くっ付いたままカバンを拾いにかかる。

 一歩動いて香澄のカバンを。二歩戻って真治のカバンを拾う。

 その間も、チラチラとお互いの目を見ては逸らし、逸らしては見るが続く。二人の手に戻ったカバンだが、それはびしょ濡れだ。


 香澄は両手が塞がっている真治に代わって、カバンの水滴を払ってあげようと手を伸ばす。真治は恥ずかしくなって、咄嗟に叫ぶ。


「信号青だよ! 行こう!」

「え? 青?」

 手を止め思わず口にしたが、香澄は『緑』と指摘せずに沈黙する。誰にでも間違いはあるものだ。それが例え真治であっても。

 お互い、バラバラの歩調で走り始めた。浅い水溜まりを踏み抜く音を響かせながら、横断歩道を目指して加速して行く。


 香澄は右手にカバンを持ち、助けてくれたのに笑ってはいけないと思うのか、左手で作った拳を口に当てて笑いを堪えている。

 以前から『きっと真治は、面白い人なんだろうなぁ』と、思ってはいた。そしてその予想がズバリ当たっていたのだ。

 走れば走る程、こみ上げて来る笑いが抑えられなくなる。


 真治は左手にカバンを持ち、右手の傘を少し香澄の方に倒している。女の子は正直苦手だ。妹は特に苦手だ。

 それでも昔から『大きいんだから守ってやれ』と、親に言われて来た。傘を貸すのくらいで恥ずかしいなんて。そんなこと、ある。


 多分、顔は真っ赤だろう。それをわざわざ鏡で確認したことはないが、何となく判る。気持ちまで高ぶっているし。だから、そんな顔を見られたくもなくて、少し先を行き前を向いたままなのだ。


 目の前に横断歩道が迫る。すると、路肩に大きな水たまりが見えた。深さもあるようだ。前を向いたまま、香澄に声をかける。

「水たまりジャンプするよっ!」「はいっ!」

 足音のリズムから香澄の歩幅を一瞬で算出。水溜まりを越えられないと判断した。直ぐに傘を持つ右手を少し下げて、香澄の前へ。


「掴まって!」

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