表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/272

長い日曜日(三十三)

「あぁ、良い音ですねぇ」「ありがとうございます」

 紅茶を飲みながら真治が呟くと、恵子も微笑んで答えた。真治はクッキーを口に頬張って、また紅茶を飲んだ。

 真治にしてみれば、この上ない至福のひとときである。


「こんなに良い音のするピアノを弾くなら、良く練習してからでないと、恐れ多いです」

「あら、そんなに遠慮しなくても、良いんですよ」

『ピアノ教室の引率、習わぬピアノを弾く』のことわざ通り、真治も少しは弾くのだろう。

 しかし、笑顔で首を振る真治の仕草が、恵子には面白かった。

「素晴らしい、優雅な時間ですねぇ。良いなぁ」

 しみじみと答える真治に恵子も嬉しかった。


 曲は高音域になって、香澄は右手を伸ばして鍵盤を叩く。

 切れの良いその音は、真治が通わせていたピアノ教室では、残念ながら『聞いたことのない音』だった。


「高音が『キンキン』言わないんですねっ!」

「そうなんですよ。良い音でしょう」

 今まで笑顔だった真治の顔が真剣になり、耳がピンとなっているのが恵子にも判った。その直後に弾き終わった香澄がこちらを見たので、真治は直ぐに笑顔に戻って拍手をする。

 そのとき真治は後悔していた。もうちょっと『長い曲』を、リクエストすれば良かったと。


「素晴らしいお嬢さんですね」「ありがとうございます」

 子供の意見とは言え、褒められれば嬉しいものだ。

「何だか今日は、凄く楽しそうに弾いていて。久し振りですわ」

 拍手をしながら笑顔の真治に言われて、恵子も答えた。もちろん、本心だった。香澄がこんなに楽しそうにピアノを弾くなんて。


「それにしても、いやぁ、このピアノは良い音ですねぇ。持って帰りたくなるの、判ります」「判って頂けます?」

「判ります。こぉれぇは、私も、家に持って帰りたい!」

 そう言って真治は恵子を見た。恵子は笑っている。


「この子なら良いですよ?」

 恵子が、丁度ピアノから戻って来た香澄を捕まえて言う。

 これには香澄も真治も、驚くしかない。

 するとすかさず、真治が返事をする。


「お母様、今なら、ピアノも付いてきますか?」

 笑いながら、真剣とも取れる表情である。


「残念っ! ピアノはお付けできません!」

 笑顔だった恵子は、眉間にしわを寄せ、首を大きく横に振った。


「あぁー」

 恵子の言葉に、真治が残念そうな声をあげた。余りにもショックだったのか、両手で頭を抱えるとソファーの後ろにひっくり返った。


「おかぁあさーん」

 香澄が右手で、可愛くパチンと恵子の肩を叩く。『ピアノくらい付けてよ』と、言いたかったのだろうか。

 そんな香澄を見て、恵子はまた笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ