長い日曜日(三十一)
「香澄さんは、部活でもちゃんとやってますか?」
恵子が真治に聞いて来た。真治は笑顔で答える。
「朝練も毎朝きちんと来てますし、夕練も最後まで頑張っています」
「あら。夕方は、何をしているんですか?」
部活が終わったら、早く帰ってくれば良いと思っているのだろう。
「何か、クラリネットが学校のと違うそうで、キーが違うので一人で練習したりぃ」
「あらー。主人が持たせたクラリネットなんですけど。あの人知らなかったのかしらぁ。あれ『オーケストラ用』なんですよぉ?」
「えぇ。楽器の掃除とか手入れも大変そうで。複雑な造りみたいで」
「嫌だわぁもぉうぅ。あの人ったら、きっと、なぁんにも考えてないんだからぁっ」
そう言われましても。真治は苦笑いするしかない。
夕方の練習が終わると、譜面台と楽器をまず壁面収納に片づける。
そして、廊下に出した机を音楽室に戻す。しかし、明日の朝練がある時は例外だ。そのままにして帰宅し始める。
各々がその場で個人練習をしたり、楽器の手入れをしたり。
腕を真っ直ぐに伸ばしてシンバルを持ち、時間を測る力自慢をしたりして、自由だ。
真治は人が少なくなったのを良いことに、爆音トランペットタイムを楽しんでいた。合奏だと出力を絞らざるを得ないからだ。
「小野寺先輩は、トランペット上手なんだよ」
「あら、そうなんですか?」
そうなんですかと聞かれて『はい、そうなんです』と答える奴はいない。
「はい、そうなんです」
真治は苦笑いして答えた。こいつ、相当図々しくて、図太い奴だ。
実際真治はトランペットを、もう五年も吹いている。
だから、中学から始めたトランペッターとは、ちょっと一線を画す実力であることは確かだ。
「すっごく大きな音、出すんだよ」「大きいだけなんです」
まだ苦笑いしながら直ぐに答えた真治を見て、恵子は笑って頷くしかない。
「あなたも最初は、トランペットやるって言っていたじゃない?」
その通り。真治は頷いて思い出す。
香澄は真衣と一緒に、トランペットを希望してやって来た。真衣はともかく、香澄は『何となく』な気もするが。
いや、きっと真衣が『パーカッション希望』って言ったら、『私も』と付いて行っただろう。そうしたら今頃、それはそれで『楽しく』色々練習していただろう。何故かそう思えてならない。
しかし、トランペットは狭き門。もう、大体金管楽器を希望する人は『トランペット希望』で、先ずはやってくる。
すると、学校の楽器でも足りなくなってしまう。
体験して貰わないと困るので、個人所有のトランペットも、本人が良ければ使ってもらっている。
まぁ、減るもんじゃなし、ということだ。
真治は個人所有だったので、後輩のために貸し出していた。しかし、それを香澄が使うことはなかった。
真治のトランペットは、真っ先に真衣が奪うと、そのままずっと占有していた。真治は仕方なく、他の新人の指導に向かう。
一方の香澄は、最初は真衣の隣で順番を待っていた。
すると、真治と同学年の『エース・島田』が個人所有するトランペットを握らされると、音楽室の片隅や廊下に連れて行かれる。
そこで、マンツーマンレッスンが始まるからだ。
「でも、あんなに大きな音、出せないよ」
香澄は、自分の出した音と、真治が出す音を良く聞き比べていた。
「勢いが大事な所も、ありますよね」
真治の言葉に、『それ見たことか』という感じで恵子が口を挟む。
「ほら、あなた、『外では大人しい』から」
言われた香澄はふくれっ面になった。助けを求めて、ちらちらと真治の方を見たりしている。
真治は苦笑いになって話す。
「学年が違うので部活でしか見てませんけど。元気にしていますよ」
「だったら良いんだけどー」
それを聞いて、少しは安心したのだろうか。恵子は苦笑いしながら香澄を見る。
当の香澄は、右手を縦に振りながら『大丈夫だよ』と返事した。
ように見えた。




