長い日曜日(二十八)
「おじゃまします」
真治が会釈してリビングに入ると、ソファーセットのテーブル上に、紙袋から出されたプリンの箱が置いてある。
空のカップとソーサーがあって、奥の方に紅茶の支度をする恵子の姿があった。
「並んでどうぞ」「判りました」
恵子の声に誘導されて、二つカップが並んだ方のソファーに真治は腰かけた。
しゃれたシャンデリアが高い天井からぶら下がっていて、奥にはドーンとピアノがある。
学校の体育館にあるグランドピアノよりも、大きく思えた。
ソファーはピアノ教室の待合所も兼ねているのか、絵本の棚がそばにある。
部屋によくマッチした時計があって、十五時七分を指していた。
そこへ、紅茶の良い香りがして来る。
「あら、香澄は何しているのかしら?」「もうすぐ来ると思います」
見えないが、階段の方を恵子は見た。
そして真治を見て『困った子で』な顔をして会釈する。真治は『そんなことないですよ』という顔をして会釈を返した。
恵子はポットに入れた紅茶を緩やかに回すと、真治の前のカップに『お疲れになったでしょう』という顔をして注ぐ。
それを真治は『いえいえ、とっても楽しかったですよ』という顔でカップを受ける。まるで互いを気遣い合う、大人のやり取りだ。
恵子は自分のカップにも紅茶を淹れた後、テーブル上にあるお盆の上に、紅茶ポットを置く。
そして、プリンの箱を開けた。中を覗き込む。
「そのままで良いかしら」「全然、どうぞお気遣いなく」
「じゃぁそうしましょっか」
恵子はプリンを一つ出して、真治の前に置いた。
「頂き物ですけど、どうぞ」
「ありがとうございます。大好きなんです」
真治がそう言うと、恵子は笑った。
「あら、それは良かったわ。私もです」
スプーンを配りながら恵子がにっこり笑って言った。そして、真治と反対側のソファーに腰かける。
「今日はどちらのお店に? 部活の用事って、言ってましたけど」
恵子は笑顔だ。少し小首をかしげて、真治に聞いた。
「相談事を書くノートと、あと楽器屋さんですね」
「トランペットを見にですか?」
恵子は、真治が『トランペット奏者』だと、知っているようだ。不思議そうな顔をして聞いて来た。
「いいえ、練習用のメトロノームを見に」
と、その時、ドタドタと階段を降りてくる音が近付いて来て、恵子がそちらを睨んだ。
『折角、今、尋問中だったのに』とは、思っていないだろう。それよりも『あらあら感』が、顔の表情に溢れている。
直後、リビングのドアが『バーンッ』と、勢い良く開いた。




