長い日曜日(二十七)
駅から日傘を使ってゆっくりと歩き、一五時丁度に帰宅した。
玄関からも、丁度ピアノ教室が終わったのだろう。小さな女の子が出て来て、玄関前のアプローチですれ違う。
「こんにちは」「こんにちは」
香澄とは顔なじみなのだろう。笑顔で挨拶を交わしたその子は、羨ましそうに二人を眺めていた。すれ違ってもなお。
真治は会釈をしたときに、日傘に気が付いて慌てて畳む。それを香澄は残念そうに見つめながら微笑み、真治から腕を離して日傘を受け取った。また使おうっと。
「ただいまー」「ただいま戻りました」
「あら、本当におやつの時間に帰って来たのね」
恵子は二人を見て声をかけた。
香澄は、交換日記の入った『リボンの付いた紙袋』を左手に持って後ろ手に隠し、右手に持った紙袋を恵子の前に差し出した。
「お母さん、プリン買ってくれたの!」「あら、すいませーん」
恵子はその紙袋を両手で受け取ると、真治に向かって会釈した。
「一緒に食べても良いでしょ?」「時間、あるんでしょ?」
香澄が真治の方を向いて言い、恵子が真治に確認する。
「では、ちょっとだけお邪魔します」
真治は笑顔で答えた。
「どうぞどうぞ」
恵子に導かれて二人は玄関に入った。
「香澄、足どうだった?」
恵子に聞かれて香澄は『何のこと?』という感じの顔をしたが、『そう言えば』と、思い出したようだ。
「うん。全然、大丈夫だった」
ほんの数時間前のことだが、大分昔の悩みごとに思えた。
「じゃぁ、手を洗って、おやつにしましょうね。お茶淹れますから。香澄、ご案内して差し上げて」「はーい。これどうぞ」
香澄は直ぐに、玄関にあるピアノ教室の生徒用スリッパを勧めた。
「そっちの大きいのにしなさい」「はーい」「あ、大丈夫ですよ」
真治はそう言ったのだが、香澄が既に来客用へと替えていた。
「すいませんねぇ。この子、気が利かなくて」
「そんなことないですよ」
真治が香澄に会釈しながら反論を展開したが、恵子はプリンを両手で持って、リビングに行ってしまった。
「手洗うのこちらでーす」「はーい」
笑顔で案内する香澄に、今度は真治が付いて行く。
「石鹸はこれ、タオルはこれでーす」「ありがとうございまーす」
真治はそう言って手を洗い始めた。
その様子を確認した香澄は、笑顔で真治に声をかけた。
「先にリビングへ行っていて下さい。私が最初に書きますから」
かわいい紙袋から、ラッピング包装された『交換日記』を取り出すと、真治に見せた。
そこにも、かわいいリボンが見える。
真治が微笑んで頷くと、香澄も笑顔になる。そして、二階への階段を駆け上がって行った。




