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長い日曜日(二十六)

 駅員は扇形に開かれた二枚のキップを確認し、受け取ると同時に重ねて入鋏し、真治に返した。

 二人は天井に掲げられた『行先別の出発時刻』を見て、顔を見合わせる。そして頷くと、笑いながら階段を小走りに降りて行く。

 ホームに降り立つと、最寄りのドアから直ぐに乗り込んだ。


「間に合いましたね!」「良かったね!」

 二人がそう言うと扉が閉まり、二人が乗った八番線から電車が出発する。二人は直ぐに振り返った。そして一番遠い向こうの五番線からも、電車が出発したのを確認する。

 別方面の電車が、同じ方向へ同時に出発したのだ。


「この風景好きなんだよねぇ」「私も見たことあります」

 二人はドアの向こうに乗っている乗客に、手を振ることはない。それでも目と鼻の先にある、誰とも知らない人達を眺めていた。


 ポイントを通過すると電車が揺れて、ごっつんこするのではないかと思う位に、ぐわっと急激に近付く。

 そして、思えば短い間並走する。やがて向こうの電車は、先頭が単線の登り坂に差しかかるので、やや速度を落とす。


 それは、真治から見ると『苦労して遅れている』ようにも見える。


 しかし向こうの電車は、そこから急激に上昇して行く。

 こちらの目線よりも上。ずっとずっと上へ。まるで、羽ばたくように。そして、力強く大きく左にカーブして離れて行く。

 お互いの電車は、各々が異なる目標へと『別れて向かう』のだ。


 真治は日常の風景を、人生に置き換えて眺めることを常とする。


 隣で手をつなぎ、一緒に電車を見ていた香澄の横顔を見て思う。

『きっと香澄の人生は、自分とは違う』

 そんな気がしていた。きっと、今飛んで行った方の電車なんだろうなと感じていた。思わず香澄を握る手に、力が入る。


 真治の目線に気が付いたのか、それとも、手を握る真治の手の圧力が少し強くなったのを感じたからなのか。香澄は真治の方を見た。


「行っちゃいましたね」

 香澄が小声でポツリと言う。

 真治は香澄の目を見て、『香澄も同じことを考えている』と判った。だから『まだ同じ電車に乗ってくれている内に』と思い、香澄に聞いておきたかった。


「どこへ行くんだろうね」

 その一言には凄く重みがあった。戸惑いもあった。迷いもあった。

 真治はとにかく、香澄を離したくない。だから、そう言う意味を込めたつもりだった。


 香澄は、しみじみとした声で真治が言うものだから、少し考えている。その間真治はずっと香澄の目を見て、答えを待ち続けた。

 香澄は笑って、それから答える。


「鉛橋だと思いますよ?」

 うん。確かに行先表示はそうだった。

 下から覗き込むように見つめられて、真治は三秒間固まった。目だけがパチクリしている。そして、真治は我に返った。


「でぇすぅよぉねぇー」

 笑って答える。返事を聞いた香澄は、もう何度も何度も頷いた。


 その頃、二人を乗せた方の電車は右にカーブして、大学校の横を走り抜けて行く。モハは一層、唸りを上げた。


 二人はドアの前に立って、穏やかな表情で話をしていた。

 次の駅では目の前のドアが開くので、二人はドアを避けて並んで立つ。乗降客ゼロ。

 次の駅で、また二人が立っている側が開くが、今度は『ピョン』と降りる。到着だ。


 二人は手をつないでいたが、真治がキップを取り出す仕草をすると、香澄は手を離して腕に持ち替えた。

 そのまま改札口に向かうと、真治が二枚のキップを扇状にして駅員に提出した。


 香澄は今日の日付が刻印されたキップが欲しかった。

 それは叶わなかったが、実は小さいキップの管理が苦手で、何もしなくて済んだことが、嬉しかった。


 それよりも、香澄が日傘を取り出して、それを真治に見せただけで、真治がその日傘を手に取って、二人の間に広げてくれたことの方が、凄く嬉しかったのは、言うまでもない。

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