長い日曜日(二十五)
二人は再びエスカレータに乗って地下の食品売り場に向かった。
ケーキ屋さんは『上品な大人の女性達』で一杯だった。そこに『中学生二人』は、ちょっと場違いな感じだ。
二人はショーケースを見つめながら、ひそひそ会話をする。
「ケーキって、高いんですね」「すごく美味しそうだけどね」
「近所のお店とは違いますね」「デコレーションが凝ってるよね」
ケーキ屋さんのショーケース前で二人は固まっていた。
店員さんがニコニコしながら、早く決めろと内心思っているかは、判らないし、気にしない。
ケーキ屋さんのショーケース前で時間制限をする奴はクズである。右へ左へ、正に右往左往しつつ、ショーケースにペタペタと指紋を付けながら、至宝の一つを選ぶ。それがケーキ屋さんでのマナーだ。
「所で、何人家族?」「三人です」
「じゃぁ、四つ買えば良いのかな?」
真治の質問に、香澄は手を横に振って否定した。
「父は海外なので、今は二人です」
なるほど。真治は頷いた。
「お母さんは何が好きなの?」「甘ければ何でも好きですよ」
香澄はショーケースを見たままだ。横顔も素敵である。
「それは選択に迷わなくて良いですねぇ」
真治が頷いて、香澄を見ると、香澄が元気良く答えた。
「私もです!」「それは良いですねぇ」
右手の拳をあげて答えたものだから、それを見た店員さんが寄って来た。しかしどうやら違ったみたいで、また奥に引っ込む。
香澄はショーケースの端を見ると、一度降ろした手で、真治をねぇねぇと手招きして指さした。
「プリン六個セット、二千円ですって」「あら、随分お得ですね」
「これにしましょ!」
香澄は『一人二個』と計算して飛び跳ねた。真治は頷くと、右手を小さくあげて、店員に合図した。今度こそ店員を呼んだ。
「このプリン六個セットを下さい」「畏まりました」
特に何も言わなかったが、ご贈答用に包まれて出て来た。
それを見て『支払いをするのは真治の役』とばかりに、胸ポケットに入れたままの茶封筒から、伊藤博文を二枚出す。
すると『出て来たプリンを受け取るのは香澄の役』とばかりに、一歩前に出て両手で受け取ると、そのままそっと抱え込む。
「ひっとり二個ぉ」「心の声がダダ漏れですよぉ」
甘いものを買ったときの香澄は、こんな顔をするんだ。と、真治は思って微笑んだ。すると、何だか歩くのが凄く速い。
まるで、このままスキップでも始めそうだ。
もう、そのまま帰り道は『一人で踊りながら行くのかな?』と、ちょっと寂しく思いながら、それでも揺れ続ける髪を眺めていた。
すると香澄は『大事な二つの紙袋』をまとめて右手に持つと、勢い良く振り返って、真治の目の前にグッと左手を差し出した。
目が合った真治は、息をも忘れて、その手をがっちりと掴まえる。
「ありがとうございます!」
真治は何も言えなかった。ポスターから出て来た香澄の手を掴んだのかと、錯覚していたからだ。
しかも、夢中で強く握りしめてしまった手を、何も言わない香澄がジッと見つめている。真治は赤面していくのを自覚した。
途端に香澄は目を細くして微笑み、下唇を噛むと、ゆっくりと目を見開きながら、上目遣いに真治を見つめる。
そんな香澄も、既に赤面していた。きっと自覚もしている。
二人は、ローズデパートを後にした。
真治の時計は最早バラバラになって、跡形も無くぶっ飛んでいたが、それは現地時間、十四時三十三分十七秒のことだった。




