長い日曜日(二十二)
「あ、こういうの良いんじゃない?」
そう言って真治は指さした。香澄は顔を上げて、その指先を見る。それは、頑丈そうな装丁に仕上げられた、鍵付きのノートだ。
二人は最奥のコーナーまで来ていた。
ということは? 当然それは『一番高いノート』なのであった。
「これは、噂の奴ですね?」
悪戯っぽく香澄が言った。そして右手で『ごろんごろん』のポーズをする。電車に乗る前に話していた『クラッシック』風の奴だ。
実際、手に取ってみると分厚くて、重みもそれなりにある。
とてもパン屋に売っているノートとは違う。
「これ、最初から鍵が二個付いているんだね!」
「ホントだ! 正に交換日記用ですね!」
香澄が嬉しそうに言う。真治も頷いた。真衣の言った通りである。
二人は鍵付きのノートを物色し始めた。大きさ、色、中の罫線の幅、ダイアルロック式、等々。色々見て、二つの候補まで絞った。
厚いのか、薄いのか。
「あんまり分厚いと、カバンに入らないよね。どう?」
「はい。ちょっとした辞書ですよね。このサイズは」
香澄も同意して両方を手に持ち、重さを比較し始めた。
「どっちが良い?」
「んー。小野寺先輩は、どっちが良いと思いますか?」
女の子がそういう時、大体答えは決まっているものだ。
「そうねぇ。長く続く『特別な一冊』にするなら厚い方。さらりと終わりそうな気がする関係なら薄い方」
「厚い方にします!」
ほらね。と真治は思った。
香澄はもうこのノートは自分のものだと言わんばかりだ。両手で胸の前に押し付けてしまっている。
「お幾らでしょうね」
真治が日記を指さしたが値札が見えないので、売り場の方を見た。香澄はノートを胸から離して、値札を探す。みつけた。
「三千五百円です」「判りました。じゃぁ、三千円と、五百円で」
自分と香澄の順に指さした。香澄が慌てて手を横に振る。
「さっきお昼をごちそうになったので、ココは私が払います!」
そう言って、直ぐにお財布を出そうとしている。
「いやいや、最後に誰が所有するかだから。ココは私で!」
真治も譲らない。しかし『最後の所有者』と聞いて、香澄も負けてはいられない。
「えっ、最後は、絶・対・私が欲しいです。嫌ですよぉー」
ちょっと頬を膨らませて言った。それでも真治は諦めない。
「えー。恥ずかしいよー。小石川さんってさぁ、絶対そういうの『大事にしそうなタイプ』じゃーん!」
口をへの字に曲げて、香澄を指さす。どちらも秘密主義なのか。
「最後に所有したら、どうするんですか?」
そう言われて、真治は答えに困った。『どうするか』までは、全然考えていなかった。今考え始めても『一般的な答え』しかない。
「んー。焼却とか?」
首を横にして考えながら、真治は答えた。究極の秘密主義である。
香澄はノートをもう一度両手で胸に当てた。目を丸くして、膨らんだ頬は元に戻り、両足でつま先立ちになって、戻りながら叫ぶ。
「絶・対・ダメです! そんなの、ぜーったい、許しません!」
この人は、なんてことを言うんだという目で、真治を見た。
真治が困った顔をする。
何で? 香澄はその困った顔を見て、不思議に思った。
「そんーなに、恥ずかしいことを、書いてくれるんですか?」
香澄は真治の困った顔を、さらに下から覗き込むように質問した。
「え? 書くよ? だって、二人の秘密を、暴露し合うんでしょ?」
さも当然のように真治が答えた。
香澄は『猫の絵ですか?』と言いそうになって、すんでの所で飲み込んだ。トランペットのパート日誌に、絵を書いているのが『真治だけ』だと、香澄は知っていた。
しかしそのことを、真治は知らないからだ。
「じゃぁ、やっぱり、最後は私です! もう、永久保存です!」
そう言うと、香澄は笑いながらレジに向かって一目散に走った。
途中振り返ると、真治が頭を掻きながら、苦笑いして付いて来る。それが『許可された』ものと認識した香澄は、約束された未来が開けた気がした。
とにかく、嬉しかった。
レジ係の店員は、久しぶりに交換日記を買いに来たお客さんが現れたと思った。
それが特別な装いの少女であったとしても、それは印象に残ることではない。
しかし、会計後に『プレゼント用の包装』を依頼され、承知して包装を始めると、少女はソワソワし始める。
そんな少女は、少し離れた所で、恥ずかしそうにパナバ帽を深く被る少年と、ちらちらと目を合わせ始めたことは、印象に残った。
店員は笑顔で包装の確認を求めると、少女はレジ台に手をかけ、ぴょんと跳ねて目を輝かせる。
それをリボンの付いた小さな紙袋に入れて渡すと、少女はぴょこんと頭を下げて礼を言い、笑顔で紙袋を振りながら、少年の方へ走って行く。
少年は左手を帽子に添えたまま、少女が走り出したのを見て歩き始めると、リレーのバトンを受けるように、後ろを見ながら右手を差し出す。
少女も少年に追いつくと減速し、その手を掴むのが『当然』のように、左手で掴む。
すると、お互いの笑顔を見つめ合ったまま、つないだ手を段々と大きく振りながら、売り場を去って行った。
店員は笑顔で、二人の後ろ姿を見送った。




