長い日曜日(二十一)
「昔から『真衣』って呼んでたから、何か『進藤さん』とか呼び辛いし、向こうも昔から『真ちゃん』って呼んでたからさっ」
香澄は真治をじっと見ていた。真治は香澄から目を逸らし、ちょっと上を見て、取り繕うように言っている。
恥ずかしがっているだけで、嘘を付いているようには見えない。
きっと、仲の良い兄妹だったのだろう。それは判る。だとしても、ちょっと疑問が残るではないか。
「『お兄さん』じゃないんですか?」
素朴な疑問を香澄がぶつけた。真治は目を大きくする。
「既に兄がいたからかも? もう結婚して、家を出たけどね」
真治は『交際費』と書かれた茶封筒から一枚の名刺を取り出した。
「ほら。兄もお婿さんに行ったから、苗字違うんだー」
「そうなんですね。お兄さん二人じゃ、ややこしいですもんね」
香澄は真治から名刺を受け取って眺めた。
住所を見ても場所が何処だか判らないが、どうやら真治の兄『島山智行』さんは、『アイランドA』の店長らしい。
香澄は名刺を真治に返そうとしたが、真治はもう茶封筒をしまっていた。
「あー、持ってて。その名刺」「はい?」
香澄は知らない人の名刺をもらって、ポカンとしている。
しかし真治の目は真剣だ。香澄は真治と名刺を交互に見た。
「困った時は力になるけど」「ありがとうございます」
「ほらっ『大人じゃないとダメな時』も、あるでしょ?」「はい」
ポカンとしたまま香澄は答えた。どんな時、なんでしょうね。
しかし真治は、名刺を指さして話を続ける。
「私も助けてもらっているし。家族は、必ず、助けてくれるから」
「判りました!」
香澄は『家族』という言葉を聞き、落ち込んだ気持ちを取り戻しながら、納得して名刺を受け取った。
それを、どこにしまおうか迷っている香澄を見て、真治が言う。
「定期入れにでも入れといて」「そうですね」
香澄も納得したのか、定期入れを出すと隙間に名刺を差し込んだ。それを見て真治は、人差し指を自分の唇の所に持って行くと、小声で香澄にお願いをする。
「真衣から、一家離散のことは内緒にしてくれって、お願いされてるから、真衣の言ってた通りにしといてっ」
「判りましたっ」
香澄も小声で答えた。
真衣の言っていることも、真治が言っていることも嘘ではないと判った香澄は機嫌が良くなった。
二人の間にできた『一つ目の秘密』だ。
「でも、小学校から知っている同級生とかは、多分、知っていると思うけどねぇ」
「あぁ、それもそうですねぇ」
香澄に笑顔が戻った。
秘密は『公然の秘密』となるやもしれなかった。
それよりも今度は、『小野寺先輩と交換日記を付けている』ことの方が、より重要な秘密だと、香澄は思った。
真衣とのことは、もう言わない。思い浮かんだ真衣の顔も含め、定期入れと一緒に、バックへねじ込んだ。




