長い日曜日(二十)
今まで上機嫌だった香澄は、もやもやした気持ちになった。
真衣の名前を出したのは自分だったのに、それも忘れて香澄は真治に聞く。
「真衣ちゃんと、仲良いです、よ、ねぇ」
言い始めて『聞いてどうする』と後悔し、語尾が濁った。
真衣には感謝している。今日の機会を作ってくれたのは、確かに真衣だ。でも、返事が怖い。聞きたくない。今の取り消し。
「真衣から、何て聞いてるの?」
静かな口調だった。真治が振り返らずに質問を返す。
香澄は慌てた。何て答えるか。香澄は迷う。一応『彼氏』とは聞いていないし、答えたくもない。
それにしても、意地悪な質問だと思った。
ちょっと聞いただけなのに。こんなにも辛いだなんて。
「親戚だって、聞いてます」
偶然にも、昨日聞いたばかりだ。それを素直に答えた。
きっと『嘘なんだろう』と、思っている。
「本当に?」「はい」
しばらくの沈黙があって、真治が振り向いた。しかし香澄の『不安げな顔』を見てしまったら、答え辛くなってしまって、思わず上を向く。すると香澄は、下を向いた。
「実は、前に一緒に住んでて、=(一緒に住んでタァアァアァ?)
真衣が小学校三年生の時までぇ=(イヤァッ! 嘘だ嘘だ嘘だァ)
小野寺真衣だったんだけどぉ、=(小野寺って! もう結婚して
父が亡くなってからぁ、ホント= るじゃん! もしかして、手
色々あって。一言じゃ難しいん= を繋いだら子供が出来るの?
だけど、簡単に言うとね。あぁ= それで、二人は結婚したの?)
一家離散になっただけ。かな」=(あ、きっと私のせいなんだわ
(通じたかな? あんまり詳し= 大人しく、ピアノだけ弾いて
くは、今日は、ちょっとなぁ)= いれば良かったんだわぁ)
(えっ、えっ、えぇえぇっ!)=「ごめんなさい」
「そんなっ、謝らないでっ!」=(終わったわぁ。全部。絶望だ)
真治は慌てていた。うつむいてしまった香澄の肩を、そっと叩いた。それに気が付いて、香澄は顔をあげた。
真治が見た香澄の顔は、今にも泣きだしそうだ。
「苗字が違うからさ、奴は『付き合ってる感』を、楽しんでいるだけなんだよ」
香澄の目を見ながら、ゆっくりと話す。少なくとも、真治の判断した『真衣の接し方』であるならば、そう思えなくもない。
真治の声を聞いて、香澄はもう一度、頭の中で情報をクルクルと整理し始めた。
落ち着け私。何か違うぞ? そうだ。違う違う。
真治と真衣は結婚していたんじゃない。家族だったのだ。
香澄は苦笑いで頷いた。何はともあれ、何か救われた。
それに、真治の顔は、もう深刻な顔にはなっていない。むしろ、一生懸命、香澄に説明している。




