長い日曜日(十九)
真治が赤いノートを、棚に戻してしまった。残念。
それでも『かわいいのが良い』香澄は考える。
「あっ、紙袋に入れれば、良いのではないでしょうか?」
そう言われた真治の顔が『おっ』っとなって、パッと香澄を見た。
「なぁるぅほぉどぉ!」
香澄は笑った。なぁんだ、そんな簡単なことではないか。嬉しい!
「じゃぁ、じゃぁ、かわいいのでも、大丈夫ですねっ!」
「そうだねぇ。あとねぇ」「なんでしょ?」
二人は左に一歩移動する。
途中で区切った続きを、香澄は早く聞きたかった。真治はちょっと派手目なノートを手に取ると香澄に渡す。
受け取った香澄はそのままポカンとしている。すると真治は、香澄の手からパッとノートを奪い取った。
「うぇーぃ。何書いてるのー?」
そう言いながら、上でノートをひらひらさせる。
子供かっ。いや、子供だっ。
それでも香澄は、真治の様子が面白くて、笑いながら『返して下さいっ!』と演技すると、ぴょんぴょん跳ねた。
「て、なると、中見られちゃう訳ですよー」
「なぁるぅほぉどぉー。それは、絶・対・嫌ですねぇ」
香澄は力強く、何度も何度も頷いた。
それを見た真治が、自慢するように言い放つ。
「まぁ、私からノートを奪おうとする奴は、いないけどねぇー」
真治を見て、確かに。と、香澄は思った。しかし、直ぐに約一名、確実に奪うであろう輩を思い出した。にやっと笑って指摘する。
「でも真衣ちゃんには、余裕で取られそうですよねぇ?」「むむっ」
そう言われて真治は、ノートの棚を見たまま膝を軽く曲げ、肩を窄めて唸った。
真治を、真衣に取られるシーンが、簡単に想像できる。
香澄はその様子を見て、何だか癪に障った。
真衣が真治に渡そうとしているノートを、香澄が奪い取るシーンは、どうしても想像できなかった。
「そう言う小石川さんも、絶対取られそうだよねぇー」
振り返った笑顔の真治に指さされて言われた時、真治から受け取ったノートを、真衣に奪われるシーンが容易に思い浮かんだ。
誰からと言われていないのに。
そして、そんな真衣を叱ることもなく、笑っている真治の姿が想像できた。その笑顔が、今の真治の笑顔と重なる。
何だかなと思うのも、致し方なしだ。
「残念ながら」
香澄は答えた。真治は再びノートの棚に向かって、探し始める。
その、振り返ることのない後ろ姿を、香澄はじっと眺めていた。




