長い日曜日(十四)
「お待たせしました。ランチ弁当です」
店員が同じお盆を両手に二つ持ってきた。真治は左手の平を上にして香澄の方を指すと、店員は先に香澄の方にお盆を置いた。
「美味しそう」
香澄が声をあげた。その様子を真治は笑顔で眺めつつ、もう一つのお盆を両手で受け取る。
「ごゆっくりどうぞ」
店員がそう言ってお辞儀すると、二人もお辞儀をした。
「美味しそうだね」「はい」
海老、イカ、ししとう、茄子の天ぷらのかごに、ちょっと小さいがマグロとアジのお刺身。
ふろふき大根にひき肉のあんかけ。箸休めは、胡瓜と大根のぬか漬け。それらが『塗りのお弁当箱』に、所狭しと詰め込まれている。
ごはんとお味噌汁は『蓋つきの器』で冷めないようになっていて、塗の箸が白い陶器の箸置きに、ちょこんと置かれていた。
「これは何ですか?」
蓋のされた白い茶碗を指さして、香澄が聞いて来た。茶碗の隣に、小さな木のスプーンがある。
「茶碗蒸しじゃないかな」「茶碗蒸しって何ですか?」
白い蓋を取ると、香澄は中を覗き込んだ。
プリンのような薄黄色の柔らかそうな物体の上に、三つ葉の緑が見えた。小さなエビが、柔らかそうな物体に半身を沈め、透明の液体が全体を覆っている。
「卵と出汁を混ぜて、良い感じになった所を蒸したものだよ」
「プリンですか?」「いや、甘くはないけど、美味しいよ」
「食べてみたいです」「どうぞどうぞ。そのスプーンを使って」
香澄は頷いてスプーンを右手に取ると、左手で茶碗蒸しを持った。
「熱いから気を付けてね」「はい」
左手に熱さが伝わって来て、それは何となく判った。
「最初の一口で舌を火傷したら、その後、味が何も判らなくなっちゃうもんねぇ」
「そうですね。気を付けます」
香澄はスプーンに人生初の茶碗蒸しを乗せると、口を窄めてふうふうする。かわいかった。そして、そっと口にした。
「美味しいです!」「それは良かった」
真治はみそ汁椀の蓋を取り、両手で持って口にする。
「茶碗蒸し、食べないんですか?」
香澄が聞いて来たので真治が答える。
「先に食べる派、後から食べる派とあるんですけど、私は猫舌だから、後から食べる派かな」
「デザートにする派ですね」「まぁ、そんな感じ」
納得する香澄。真治も笑顔で頷く。
香澄はちょっとこの『茶碗蒸し』が気に入っていた。本当に不思議な食感だ。二口目の茶碗蒸しをスプーンですくうと、また『ふうふう』する。そして、充分に冷ましてから食べたはずだったのだが、それはまったく味がしなかった。
別に、舌を火傷した訳ではない。
食事を始めた真治の姿が、目に入ってしまったからだ。




