長い日曜日(十三)
「すき焼きは鉄鍋に醤油とみりんをベースに味付けをした所に、好きな肉や野菜を入れて食べるものだよ」
香澄は説明を聞いても、ピンと来ていないようだ。
「しゃぶしゃぶって、肉に火が通るんですか?」
ごもっともな質問をしてきた。
「すっごく薄い肉だからね。『しゃぶしゃぶ』とやっている間に、火が通るよ」
「そうなんですか。でも、味しなさそうですね」
香澄の疑問は晴れないようである。
「紅葉おろしとポン酢に付けるか、甘目のごまだれに付けて食べるのが、一般的だよね」
「紅葉おろしって何ですか?」
香澄が首をかしげている。
「大根の中に唐辛子を突っ込んで、一緒におろすと紅葉みたいな赤い大根おろしができるので、それだよ」
真治がそう言いながらお手拭きを使うと、香澄も真似をするように、お手拭きを使い始めた。
「奇麗そうですね」「唐辛子だから、ちょっと辛いよ」
真治がお手拭きを置きながら笑顔で忠告した。香澄もお手拭きを置きながら答える。
「私、辛いの苦手です。ごまだれはどんなのですか?」
真治がお茶を手に取り一口飲んでから答える。
「ごまを擦って、ねっとりした所に、砂糖、みりん、その他調味料をお好みで混ぜたものだよ」
香澄もお茶を手に取ろうとしたが、熱かったのか直ぐに置く。
「そっちの方が好きそうです。小野寺先輩はどっちが好みですか?」
もう一度お茶にトライする香澄が、真治に質問して来た。
真治はお茶を飲みながら、天井に目をやる。
そのまま『過去の食卓』を思い浮かべていた。
「んー。食べたことがないから、判らないなぁ」
しゃぶしゃぶを食べた記憶がない。真治は笑って香澄を見た。
「えっ、本当ですか?」
お茶にトライしていた香澄が驚いて、あちちとなった。
「あ、大丈夫? 家はすき焼き派だから、しゃぶしゃぶは食べたことがないんだよね」
「大丈夫です。そうなんですか」
香澄がお茶を置いたのを見て、真治もお茶を置いた。
「うん。今度食べてみる?」「良いんですか!」
真治の問いに対し、香澄の返事は早かった。
「だーいぶ先に、なりそうだけどね」「はい!」
笑いながらも、ちょっと申し訳なさそうに答える真治に対して、香澄の返事はとても早く、そして満面の笑みだった。
何しろ真治が、『だーいぶ先』まで付き合ってくれると、約束をしたのだから。
香澄は『時間の感覚』が、既になくなっていた。




