長い日曜日(十二)
二人はレストラン街を再び周回し始めた。しかしどうやら、さっきよりも混んでいる。
真治がつないだ手を後ろに回すと、香澄は手をつないだまま、真治の後ろを歩いていた。
すると真治が、和食店の前で立ち止まる。
「空いてそうだし、ここにする?」「はい。お腹減って来ました」
本店は銀座の料亭らしく、店構えは敷居が高い。中を覗き見ると、全席椅子のようである。
入り口にメニューがあり、すき焼き五千円とかだ。
一見『全部お高そう』であるが、『ランチのお弁当』は、お買い得である。しかも、今なら待ち行列がない。
入り口でランチのサンプルを見ていると、奥から着物を来たおかみが、二人に気が付いてやってきた。
真治がパナバ帽を脱いで声をかける。
「二人です」「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
おかみが営業スマイルで二人を出迎えた。入り口から見えた場所は満席で、奥の方に案内された。
香澄は真治の手を離し、麦わら帽子を両手で脱ぐと、胸の前に持ってちょこちょこと真治の後に付いて行く。
一人では、絶対に入らない店だと思っていた。
案内されたのは、団体の予約があれば個室となる部屋で、ちょっと広目の間隔で四人席が三つだけある、静かな席だった。
二人が座ると、おしぼりとお茶が提供された。
「こちらがメニューです。お決まりになられましたらお呼び下さい」
そう言っておかみは席を離れた。
真治は会釈していたが、香澄は緊張しているのか、両手を膝の上に乗せて固まっている。
「ランチのお弁当で良い?」「はい」
香澄が直ぐに答えた。
「でも、メニューも見てみようか」「はい」
真治がメニューを取り出すと、和牛ステーキやら、すき焼きやら、しゃぶしゃぶやら、和食のお高いメニューが並んでいる。
香澄は珍しそうに見ていたが、今日それは無理であろう。
真治はメニューを閉じると、手をあげて店員を呼んだ。店員は営業スマイルで直ぐにやってくる。
「ランチ弁当二つお願いします」「畏まりました」
高級店の店員さんはメモを取らない。今回の注文は簡単だったが、真治には真似をする自信がなかった。
お辞儀をする店員に真治が会釈すると、今度は香澄も会釈した。
店員がいなくなると、静寂が訪れる。
「しゃぶしゃぶとすき焼きって、何が違うんですか?」
雰囲気に飲まれているのか、小さい声で聞いて来た。
「しゃぶしゃぶは熱い出汁に、牛肉をしゃぶしゃぶと泳がせて火を通して食べるもので」
そう説明しながら、人差し指と中指を箸のようにすると、空中でゆらゆらさせる。
香澄はそんな真治を、ただ眺めているだけだ。




