長い日曜日(八)
「急ぐ旅でもないし」「はい」
階段の所で真治が『支えにするか?』という感じで、右手の平を上にして差し出す。その手を、香澄は嬉しそうに左手を被せるように掴むと、二人は階段を登り始める。
そして、線路の真上にある窓から空を見上げると、繋いでいた手を離して『夏の雲』を指さした。
それでも、金網の隙間を覗くように立ち位置を変えている内に、二人は自然と寄り添って行く。
二人の後ろを、電車を降りた乗客達が通り過ぎて行く。『何を見ているのやら』と、思える程にそれはいつもの青空だ。
やがてモーター音が聞こえて来ると、二人の下を電車が走り出した。そのまま次の駅を目指し、のどかな住宅街を加速しながら遠ざかって行く。
そんな風景を、二人は足を止めて眺め続けていた。やがて電車は先頭から順に左へカーブして、見えなくなった。
モーター音も消えて、駅にしては寂しい『静寂』が二人を包む。
「じゃぁ、椅子で待ちますか」「はい」
二人はどちらともなく手をつなぐと、階段を降りて行く。
そして、誰もいないホーム端を目指して歩く。そこまでには、等間隔で幾つかの椅子がある。
その中から二人が選んだのは、誰もいない一番端の椅子。手を繋いだまま、そこへ仲良く座った。
「一番乗りだね」「そういうことになりますか」
真治の意見に香澄は笑う。今の二人は『乗り遅れたのと同義』な状態なのに。そういう考えはなかった。面白い人だ。
「次の電車、クーラーあると良いね」「そうですねぇ」
香澄の顔が苦笑いに変わる。真治の前で、汗はかきたくない。
「これ使いますか?」
香澄が、キップを買う時に閉じた日傘を、再び真治の目の前に差し出した。
「そうしよう」
真治は右にいる香澄の左手から日傘を受け取って広げると、香澄が日陰になるように、右手で持つ。
しかし香澄は、真治の左側に陽が当たっているのを見てしまった。
直ぐに長椅子に座る位置を、真治の方に寄せて座り直すと、右手で少し日傘の角度を調整した。
「これ涼しいね」
「そうでしょう」
香澄は満面の笑みを真治に振りまいた。
二人は次の電車が来るまでの十分間、そのまま会話を楽しんだ。
日曜日の昼間、電車に乗る人は少ない。
二人の隣に座ろうとする乗客はもっと少なく、皆無だった。




