表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/272

長い日曜日(六)

 真治の提案に対し、香澄の返事はとても早く、そして、とても元気良く答えた。

 香澄が真治を見つめているのは『一緒に食べて行くのかしら』『私のお部屋でかしら』『確か今日は、三時以降生徒さんいないから!』と、色々と考えているからだ。

 しかし、一方の真治は、別のことを考えていた。


 きっと三十分位はピアノの練習を後ろ倒しにできるだろう。

 それに、初めて訪問したお宅に『手土産の一つ』も持って行かないとは。やべぇ。これは『常識がない奴だ』と思われる。

 と、うだうだの後悔しきりである。

 そこはとりあえず『まさか玄関まで入るとは思っていなかった』というのを言訳にして、グチグチ考えるのを一旦横に置く。


 それより真治は『リビングの大きなピアノ』のことや、『防音効果』について、もっと聞いてみたかった。

 しかし当の香澄が『笑顔を使い分けてまで』、ピアノのことを忘れたそうにしているのだ。ピアノの話はここまでにする。


「日記帳はどんなのにするの?」

 話題を変えて、並木道の歩道を歩きながら真治は聞いてみた。

「かわいいのが良いです」

 憧れがあるのか、香澄が答えた。真治は首をかしげて聞く。

「今風? それともクラッシック?」

「クラッシックって何ですか?」

 日記帳の分類学を極めている訳ではないのだが、何て説明しようかと考えた。


「えーっと、中世ヨーロッパの暖炉の上に置いてある感じで、分厚い表紙に金の淵がくるくる付いてて、カギが付いている感じの?」

「そういうのも良いですね」

 香澄には通じたようだ。それどころか前を見て、もう『書いている所』を、夢見ているようだ。


「あるかどうかも、判らないけどねっ」

 真治は笑って香澄を見た。しかし香澄は、まだ夢から帰って来ていない。香澄はとても楽しそうに口を開く。


「でも、そう言うのを買ったら『羽根つきのペン』とか、『インク』とか。そうだっ! インクを吸い取る『ごろんごろんする奴』とか、買わないとだめかも?」


 香澄が閉じた右手を一本づつ伸ばして一、二、三まで数えた後、手で半円を作ると、丸い方を下にして揺りかごのように動かす。


「そんなにお金、持ってきてないや」

 冗談だとは判っている。左右を見て細道を渡った。

「『ごろんごろんする奴』って、売ってるんですかね?」

 香澄が聞いて来た。真治は頷く。

「お店の人に聞いて見るぅ?」

 悪戯っぽい言い方。思わず香澄が聞き返す。


「えっ『ごろんごろんする奴』って、言うんですか?」

「そう。どっちが言う?」

 にやっと真治が笑う。慌てた香澄が真治の腕を下に引っ張ると、日傘が揺れる。

「えー、言って下さい!」

「嫌だよ。言ったら、買わないといけなさそうじゃん」

「買って下さい。私、あれ使ってみたいです」

 香澄が笑顔で答えた。真治は『本当?』という顔をする。困った。


「じゃぁ、誕生日とかの記念日にあげるよ」「えっ、要らないです」

 間を置いての提案に、香澄は急に主義を変えた。笑顔も消える。

 香澄は今まで貰った誕生日プレゼントの中で、一番謎な物体だと思ったからだ。それに、真治から貰えるなら、もっと素敵な物だ!


「絶対、要らないです」

 念押しで香澄は言った。腕を左右に揺すって日傘を揺らす。

 真治は笑っているだけで『了解』の返事がない。そんな真治の目を見て、香澄は微笑む。

 その『ごろんごろんする奴』には悪いが、二人ともそれを買う気はないことだけは、確信していた。


 すると駅前広場に来た。そこはロータリーはなく、タクシー乗り場の白線が引かれているだけである。

 二人は忙しく出入りするタクシーを避け、牛丼屋の前を通って切符売り場に到達した。


 正面に、スーパーマーケットの『アイランドA』が見える。


 真治は右手に持っていた日傘に左手を添えて、そっと畳んだ。

 香澄はずっと掴んでいた真治の右手を離し、右手で日傘を受け取ると、パチンと細く縛ってカバンの紐に引っかけた。


 駅まで、あっという間だった。走った時よりも速く感じる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ