長い日曜日(三)
玄関。そこは吹き抜けの空間だった。
外から見ても『豪邸』だと思っていたが、中に入ってそれを更に実感する。
足元の黒い『七宝焼き風タイル』の一つ一つが、良く手入れされていて、ステンドグラスからの光を反射させて光り輝いている。
正面に階段が見える。階段は途中で左に曲がっていて、飾りのついた縦格子の隙間から、二階までの階段が覗き見えていた。
きっとその先に、香澄の部屋があるのだろう。
しかし女性はそちらには行かず、横の扉を開けた。
すると、軽やかなピアノの音が聞こえて来た。
奥の方に『やけに長い気がする』大きなグランドピアノがある。難しい場所なのか、急にちょっとたどたどしくなった。
それはそれで微笑ましい。頑張れ。
女性はまた真治の予想を裏切る。
ピアノの所まで行かず、壁に設置されたインターフォンを取ると、スイッチを押してしゃべり始めた。
「小野寺先輩いらしたわよ。降りてらっ、あら、切れたわ」
女性が口をへの字に曲げてインターフォンを置き、リビングから玄関まで戻ってくる。
すると、二階の方から『バタン』という音がして、ドタドタという足音が聞こえて来た。
競争と言うには、明らかに『ハンデ過多』であろう。
女性の方が玄関に先に着き、音のする方を見上げる。真治もそちらを見ていた。
「気を付けなさい」
やや呆れる声をかけるが、それが聞こえている様子はない。
白いスリッパの上に白い足。
急ぎ降りて来る膝が、スカートの揺らぎの中、見え隠れしている。
やがてそれは、白基調のワンピースであることが判って、サイドは夏らしい水色の細かいストライプが入っている。
やがて背中まで伸びた髪が見えて、肩の辺りにひらひらとした飾りが見える。
右手で頭の麦わら帽子を押さえ、左手で手すりを軽く触りながら駆け下りて来た。
だから斜めにかけた赤いバックが、腰の辺りで跳ね回っている。
踊り場まで階段を駆け降りると、くるりと九十度回転した。
笑顔の香澄だ。どんな気持ちで待っていたのかが良く判る。
首元はしっかりと白い襟に隠れているが、肩は透き通るような素肌が見えている。
香澄の右肩から左に向かって、斜めに下げた赤いバッグの紐が、一層服を押さえ付けた。そのまま回転する勢いで、赤いバックが香澄の左手に現れる。
上からの勢いそのままに、階段を降りようとした香澄だったが、目の前に女性と真治が見えたからか、慌てたように見えた。
麦わら帽子を押さえていた右手を下に降ろすと、直ぐにスピードを緩め、一段づつゆっくりと降り始める。
足首をひょこひょこと使いながら降りて来ているので、すると今度は体全体が縦に揺れて、スカートが波打ち始めた。
「おはようございます」「走らないの」
いつもの香澄に戻って上品に挨拶をしたが、女性にはたしなめられた。たまに見せる悪戯者の顔になり、直ぐにまた戻る。
「おはようございます」
真治は『今の注意シーン』は見なかったことにして、香澄にも頭を下げ、挨拶をした。
「木白のローズデパート? でしたっけ?」「はい」
女性の問いに真治は答えた。木白は終点の駅。隣町の繁華街だ。
「そう、気を付けて行ってらっしゃい」
そうは言っても、ローズデパートは駅ビルなので、安心して買い物ができるのだ。
香澄は玄関に用意してあった靴を履いている。それは、背伸びをしたハイヒールのようだ。
靴を履いて立ち上がると、香澄の目線がいつもより上がって、真治の目の少し下に来た。
「大丈夫なの?」
女性が心配そうに言う。
「うーん。ちょっとぐらつく」
笑顔であるが、不安げでもある。隣にはちょっと低めのパンプスがある。
「どっちが良いと思いますか?」
真治に聞いて来た。すらりとした香澄の足を見て、真治は考えた。でも『こういう時』、大体答えは決まっているものだ。




