長い日曜日(二)
真治は一〇一号室にノートを入れる。カタンと音がした。
窓から見える一〇一号室は電気が付いていて、漏れ出るテレビの音と、下品な笑い声が聞こえて来る。
防音も何も、あったものではない。安普請のアパートだ。
回れ右をして、元の道を戻った。
十時二十七分三十秒。
約束の時間より早いが、許容範囲であろう。真治は表札『小石川』の横にある呼び出しボタンを、人生で初めて押した。
「はーい」
女性の声がした。
「小野寺です」「中へどうぞー」
そう言って女性の声はプツリと途切れた。後はシーンである。
外で待ちたかったのに、仕方がないではないか。
真治は、背丈ほどもある頑丈そうな門扉を開けると敷地に入り、振り返ってそっと閉めた。
門扉の直ぐ上から、バラでできたガーデンアーチが続いている。
その下を潜り抜ける時は、昼間なのに暗くなった。
まるで『バラのトンネル』だ。
葉が繁茂して、緑のアーチが陽を遮っている。時期的に花は咲いていないが、花が咲いたら、それはもう『素敵な香り』が、この身を包み込むに違いない。
バラのトンネルを抜けると左に折れ、滑り止め加工のされた大きな御影石の小道を歩く。
その先は、青く整った芝生。まるで『人工芝』と見紛う程の美しさだ。それが、レンガで縁取られている。
この庭は、『思い出の庭』とは全く異なる。もう『同じ場所』とは思えない。
そんなことを考えていると、玄関まで辿り着いた。
「いらっしゃい」
声がして扉が自動で開いた。そこまでする? と思ったが、流石にそうではない。
しかし、スッと現れた声の主は、きちんとお化粧をしていて、想定を超えた『上品な井出立ちの女性』である。
「おはようございます」
真治はパナバ帽を脱ぎ、頭を下げて挨拶をした。
「おはようございます」
相手が子供でも、丁寧な挨拶を返してくれている。にこやかな笑顔だ。その顔に合わせたかのような、上品な言葉遣いだ。
「今、ピアノを弾いているので、呼んできますね」「はい」
待ち時間にピアノとは。随分とまぁお上品な趣味で。
すると、手で『中に入るよう』招き入れられる。
客人を『家のどこまで招き入れるべき』か。それは、真治にだって『自覚』がある。
そんな『学校のお友達』、又は『部活の先輩』ごときが、こんなお屋敷にですね。そう易々と入って良いものではなくて。
あっすいません。お邪魔します。
真治は遠慮しつつ、玄関まで入った。




