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長い日曜日(一)

 万事繰り合わせた日曜日。見慣れた道を歩く。丁字路を右へ。左は懐かしの小学校だ。

 家並み、電柱、看板、マンホール、そしてカーブミラー。全て見覚えがある。このマンホールの所で滑って転んだっけ。自転車で。

 駅から徒歩十分。時計を見た。十時二十分。香澄との約束の時間には十分だ。


 次の角を曲がる時、頭に思い描かれる景色がある。それは、黄色いテントが張り出した店の様子だ。


 台の上に並ぶ野菜や果物。かごに積まれて沢山並んでいる。

 それは『昔ながらの竹製かご』に見えるが、実は緑色のプラスティック製のかごである。

 しかも使い古しで、割れている箇所もあるため『二枚重ね』なのだ。口をへの字に曲げて『ネタばらし』。誰も見ちゃいない。


 店頭では、買い物袋を肘にかけた客と、楽し気に話す母。笑い声が響いている。

 その横には、おつりを返す時『いっつも万単位』の父。計算ができないようだ。店から出て来たのは、配達に出かける不愛想な兄。

 聞こえないかもしれないが、一応『行ってらっしゃい』と声をかける。手も振りましょう。おや? どうした。


 突然兄が、空を見上げて怒っている。そこには、シャボン玉に飽きたのか、二階の窓からシャボン液をぶちまける妹。またお前か。

 忙しく出入りする店員達の姿と、納品に来る業者のおじさん達。そんな風景だ。物心付いた時から、それが日常だった。


 カーブミラーに映る自分の姿を見ると、その頃とは大分違う。

 ランドセルは既になく、肩からかけた黒い革製のカバンと、ニットジャケット姿。茶の革靴。ちょっと大人びてしまったなっ。


 こつこつと足音をたてて角を曲がると、そこに見えて来た現実は、思い出の欠片もない。

 ミニ開発された『新しい住宅地』が、あるだけである。


 店舗兼住宅が解体されて更地となった時、隣の駐車場と合わせて随分広く感じた。

 その様子も見たはずだったのに。記憶はどうして、なかなか書き換わらないものだ。


 それが、大小数件の家に分割・販売されて、風景は様変わりした。もう、そこに『店』があったことを示すものは、何もない。


 真治は表札に『小石川』と書かれた大きな白い家の前を、十時二十一分に通過した。


 白い家沿いに、角を右に曲がる。見えて来たのは、奇麗に整えられた日当たりの良い庭だ。素晴らしいの一言。

 それを眺めながらゆっくり進むと、隣との境界に樹齢十三年の、桃木がある。


 真治はカバンから『トランペット』と書かれた青いノートを取り出した。目の前には『進藤壮』と手書きされた看板の下に、八つのポストが並んでいる。

 それは、白い家と見比べるまでもない、汚い字だ。

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