親友と(十九)
後片付けをして午後の部活へ向かう。
ここには個人練習でまた来ることになるのだが、校舎の方がだいぶ涼しいに違いない。
「先に行って下さい」「はーい」
香澄に言われて、真治は返事をした。
トランペットと畳まれたピクニックシートを持つと、足早に屋上を後にする。行先は、一つ下の階の音楽室であろう。
真治の後ろ姿が階段に消えると、香澄が真衣に話しかける。
「トランペットのノート、返すねっ」
教室で渡されたトランペットの『パート日記』を、香澄は既に読み終わっていた。
読んだのは主に、真治の筆跡と判るページだけであるが。
「面白かったでしょ?」
「うん」
「今日、ちょろっと書いて、渡しとこっと」
香澄は笑顔になった。香澄の笑顔を見て、真衣も笑顔になった。
空になったお弁当箱をカバンに入れた真衣が、先に歩き始める。
他にはもう誰もいない。そんな二人だけの屋上で、香澄は真衣に今まで『怖くて聞けなかったこと』を、思い切って聞くことにした。
スッと息を吸ってから吐き出した声は、自然と高くなる。
「真衣ちゃんと、小野寺先輩はっ」
言い掛けて止められた。真衣が突然足を止め、振り返ったからだ。
「親戚だよ?」
真衣が『何言ってんの?』という感じで答える。それにしては、凄い早口だった。
「そうなんだ」
「うん。家、地元だし、親戚いっっぱい、いるからさー」
笑顔になった真衣が両手を広げて答える。もう、いつも通りだ。
「へー」
「んでね、何かね『親戚の集まり会』ってのがあって、従姉妹やらなんやら集まって、仲良いんだぁ」
「良いねぇ」
香澄は一人っ子で、地元でもない。二人は笑顔になった。
すると真衣は、誰もいないのに周りをキョロキョロと見回してから、香澄にヒソヒソと話す。
「真ちゃんは、お勧め物件だよ。凄く優しいしー」
「うん」
香澄は笑った。納得して返事をしたが、それでもふと思う。
親戚だって、真治と真衣が付き合えない理由はないはずだ。
すると、その考えを打ち消すように、真衣が言う。
「あー、でもねぇ、『デリカシーのないこと』ズバッと言って、恥ずかしい時、あるよぉ」
「えぇ? 何それぇ?」
香澄が思わず笑う。苦笑いだ。真顔でそんなことを言う真衣が、逆に面白い。
だから、もしかしたら、真衣がどーしても真治のことを、好きになれないポイントなのかと、納得することにする。勿体ない。
それでも思った。思わざるを得ない。
真治は真衣のことを、一体『どう思って』いるのだろう。
「ヤ・ケ・ドしても、知らないよ? 早く行こうっ!」
いつものゲスな笑顔。走り出した真衣の後を慌てて追いかける。
そうだ。考えていても仕方ない。明日は明日の風が吹く。
それより何より、どうしたら『明日のお出かけの許可』を得られるか。そっちの方が重要だ。良く考えなければならない。
その時真衣は振り返らずに、真っ直ぐに前を見ていた。そして、『香澄なら真治を譲っても良い』と、思うことにしていた。
その日の部活が終わると、真衣は香澄と一緒に下校した。
そこで香澄に『お出かけ用の想定問答』を、それはもう入・念・にレクチャーする。
いざと言う時は『真衣も一緒に行くと言え』と、嘘が下手だと自覚する香澄に、それでもしつこくギュッと念を押す。
そして、電車を降りると『夕飯の弁当を買うから』と香澄に告げ、直ぐに別方向へと走り始める。
それでも真衣は、香澄に激励の言葉を投げかけながら、何度も振り返っては手を振った。香澄が恥ずかしくなっても遠慮なく。
何度目かの後、大きくジャンプすると、駅前のスーパーに駆け込んで行き、香澄の前から姿を消した。
真衣は最後まで、それは素敵な笑顔、だった。




