親友と(十一)
真治が、真衣から渡されたお弁当箱の蓋を開ける。
真衣に『悪いから良いよ』と、何度も断っていた割に、蓋を開けた真治の笑顔は、それとは対照的だ。
そんな笑顔を見て、すかさず真衣が言う。
「どうよ! 今日の真衣特製弁当は、スペシャル豪華版ですよ?」
上の段は全面おかずだ。確かに豪華である。
しかし、それはそれとして、聞かざるを得ない。
「真衣が作ったの、どれよぉ?」
真治が『出来栄えを確認してやる』とばかりにお弁当を覗き込む。
今日のおかずは、唐揚げ、卵焼き、豚肉インゲン巻、黒豆、ミニトマト。おぉ凄い。でもまさか『ミニトマト』とは言わせない。
「私は、安定の二段目だよー」
真治は肩を落としてずっこける。どれも違ったらしい。
そう言われた真治は、一段目をテーブル代わりのトランペットケースの上に置き、二段目を覗き見る。そして、思わず叫ぶ。
「ごはんだけじゃん!」
真衣の方に二段目を向けて笑った。何だよもう。脅かしやがって。
「ごはんだけじゃないよ? 中に何かがー、入っているぅ」
意味深な言葉を真衣が言った。そう言うとき、真衣はろくでもないことをしている。何だろう。
真治は割りばしを口で割り、そっとごはんをツンツンする。直ぐに、真治の目が輝く。
「あ、昆布の佃煮だ! やったー」
真治の顔が、子供のような笑顔になった。渋い好みだ。
「豪華でしょう?」
「確かに豪華である。認めよう。褒美を取らす!」
真治は頷く。当然褒美なんて用意しちゃいない。それを見て、真衣が笑顔で言う。
「お母さん、『今日は、真ちゃんの好きなおかずにした』って、言ってたよぉ」
真衣も、そんなことは判っている。いちいち突っ込まない。
頷く真治を見て、香澄は複雑な心境だった。
もう、真衣のお母さんさえ、真治が好きなおかずを知っている。この『昼食会』は、『親公認』なのだと。
それでも、真治が好きなものを知れた。これで、良かったのだろうか。それとも、悪かったのだろうか。
ただ、昆布の佃煮だけは、ごはんの下に隠れていたので、それがどんな物か判らない。
覗き込む訳にもいかないし『佃煮』が何だか、聞く勇気もない。
「澄ちゃんのは、どんなの?」
真衣が香澄の方を見る。香澄のお弁当箱も大きかった。
まるで、お花見に使うようなお重一段と、小さなお弁当箱の二つ。
香澄はお重の方を開く。
「唐揚げと、卵焼きじゃん!」
そう言って真衣は真治の方を見た。お重から溢れんばかりである。
「やったぁ。すんごいじゃぁん!」
まだ『どうぞ』とも言われていない、他人のお弁当のおかず。それを見た真治が発した言葉を、真衣は聞き逃さない。
「なぁにぃ? 澄ちゃん、狙ってんのぉ?」
指をさされながら言われた真治は、まだ何も食べていないのに喉が詰まる。
「こ、こらっ。本体狙ってるみたいに言うな! おかずの方だよ!」
真治が真衣を睨み付ける。別に怒ってはいないが。
香澄はいきなりの『本体狙い宣言』にびっくりして、目を丸くしている。恥ずかしくなって、キュッと目を瞑って思う。
どっちも食べて欲しい! もちろん、唐揚げと卵焼きのことだ。
真衣はそんな二人を交互に見て、にやにやするだけだ。
目をパチクリさせながら、ゆっくりと顔を上げた香澄が、言い合いを始めそうな二人の横顔を見かね、勇気を振り絞って声を出す。
「あのぉ、皆さんのおかずにして下さい。私は、こんなに食べられない、ので」
香澄がなだめるように言うと、真衣と真治が満面の笑みになって香澄の方を向く。判りやすい奴らだ。
それでも香澄は、真治と目が合うと、直ぐに下を向いた。




