親友と(十)
土曜日は平和である。授業は午前中で終わり。気の早い運動部がグラウンドで大声をあげ、青春を謳歌している。
夏は近いが、風は涼しい。
真治はいつもの場所にピクニックシートを広げて、真衣が弁当を持ってくるのを待っている。
一つ年下の真衣が入部してきて、土曜日も練習に参加するようになってからだ。頼んでもいないのに、毎週真衣が真治の分も、弁当を用意するようになっていた。
「おぅまったっせぇー」
弁当が入ったバックを目の前にぶら下げて、少しおどけた様で登場した真衣。
不意にそんな姿を見せられて、真治は小さく吹き出して笑う。
「はー。この時間が、一番和むよー」
まるで戦場を生き抜いてきた『戦士』が言うような、そんなセリフを吐く。
「今日のお弁当は『二段』ですよー」
しかし、真衣はそんなセリフを聞いていないらしく、ピクニックシートに座布団を放り投げる。
教室の椅子に敷いている、小さいやつだ。
「お邪魔します」
まるで心からのご挨拶。本当に申し訳なさそうな小さな声で、香澄が声をかけてきた。
早速『感じてしまった』のだ。何げなく真治が漏らした本音とも取れる言葉を、真治の後ろで聞いていた。
笑顔の真衣だけが見えていたが、きっと真治も笑顔に違いない。やっぱり私は『邪魔なんだ』と、思わざるを得ない。
しかしこの場から、逃げ出す勇気がないのも事実。真衣の隣に、座布団をそっと置く。
そして、頭の中で真治が言った『一番和むよ』の言葉を再生していた。何度も何度も。
「いらっしゃーい」
真治が香澄を見ると、香澄は申し訳なさそうな顔になって頷く。返事はない。
事前に真治は、真衣から『土曜日澄ちゃんも来るから、飯前にグランド三週なっ。こぉのぉスケベッ(バシッ)』と、聞いていた。
仕方なく野球部に混じって、グランドを三週する間も考えていたのだが、スケベは意味判らん。いや、全部か。
だから、忘れていた訳ではなかったのだが、本当に香澄が来るとは、思ってもいなかったのだ。
「はい。これ真ちゃんのね。こっちが私ので、水筒は麦茶ね」
「随分大きい水筒だね」
「今日は澄ちゃんが来るって言ったら、おっきいのでくれたー」
グランド三週のことを、真衣はすっかり忘れているようだ。
「それは済まなかったねぇ」
真治はお腹ペコペコだが、とりあえず水分が欲しい。
「あとね、デザート。みんなで食べよっ」
真衣がバッグの中のものを全部出す。まるでピクニックだ。
「デザートはしまっておけば?」
真治に言われて、真衣も出し過ぎだと思ったのだろう。
「そうだね。食べ終わってからにしよっ」
放り出した保冷材を拾い集めると、再び包み始めた。
真治と真衣の会話を、香澄は黙って聞いているだけだ。
どうも『この二人の間』には、入り辛い。そう。今から思えば、仮入部の時からだ。
今はどうだ。普通の顔をしているのだって、こんなにも辛い。
「もうちょっと『あっち』行ったら?」
直ぐ隣の真衣の言葉に、香澄は驚く。
呼んでおいて、帰れと言うことか? そのまま固まる。
「この辺に座れば?」
真治の言葉に香澄は我に返り、思考も強制的に止まる。それは、色々考え始めようとした矢先に、投げ掛けられた言葉だった。
咄嗟に、真治が指さした方を見る。何もない広いスペースだ。
「はい」
小さな声で返事をすると、真衣の直ぐ横から離れて、真治が指さしたらへんに座り直す。
香澄は、正直、ホッとしていた。
「正三角形になったじゃん?」「ですな」
四角いピクニックシートの上に、三人は正三角形を形作った。
二人に悪意なんてないのだ。一人どきどきした香澄は、そう思うことに、するしかない。




