親友と(八)
「お母さん、今度の土曜日、お弁当作りたーい」
香澄の申し出に、母は驚く。突然、どういう心境の変化だろう。
今まで火が怖いとか、包丁が怖いとかで、料理は盛り付けと皿洗い位しかやったことがなかった香澄が、である。
「良いけど、何を作るの?」「唐揚げと卵焼き!」
普段とは違い、素早い返事。それも驚きだ。まるで、前から決めていたように答えたと、思えなくもない。
母は考える。お弁当の定番メニューであるが、火も包丁も使うではないか。
大丈夫かしら。手を怪我したり、しないかしら? 母は悩む。
「んー。そう。良いわ。教えてあげる」
「やったぁー」
香澄が前を向いたまま笑顔になった。その明るい横顔を見て、母は嬉しくなった。思わず提案する。
「今日、鶏肉はないけど、卵はあるから、卵焼き作ってみる?」
「うん! ありがとう!」
香澄は、練習中だったピアノ演奏を中止して立ち上がると、ピアノの蓋も閉めず、楽譜もそのままに、台所へ飛んで行ってしまった。
『ありゃ』
母はそう思ったのだが、もう遅い。
卵焼きを作ると提案したのは自分だったので、楽譜を片付け、ピアノの蓋を閉めてから、香澄の後に続いて台所に向かう。
「お母さん、卵何個?」
冷蔵庫から、もう随分な数の卵を取り出している。全部使う気か!
「お弁当のだから、二個で良いんじゃない?」「はーい!」
沢山取り出した卵を冷蔵庫に戻しながら、香澄が元気に答えた。
母は口をへの字にしながら、調理台の前に戻って来た香澄を捕まえると、髪を結び、三角巾を被せ、エプロンを付けさせた。
その間、香澄は終始笑顔である。朝、学校に行く前に髪を整えてあげるのだが、その表情とは全然違う。
そして最後に、流し台の下からボールを取り出す。
「このボールを使いなさい」「ありがとう」
香澄が手を差し出した。その手を睨んで、母が一言。
「手を洗って」「はーい!」
香澄はくるりと回って素直に手を洗うと、手も拭かずにボールを受け取り、早くもその淵で卵をコツンとする。
慌てた母から、また一言。
「ゆすいでからっ」
母が咎めると『そうだった』と、思ったのだろうか。
それでも、コツンとしてヒビの入った卵を右手に持ったまま、左手でボールを蛇口の下に突き出す。家の蛇口は自動じゃない。
母は、仕方ないそぶりで水を出すと、香澄は二、三回クルンクルンして水を捨てる。右手に持っていた卵を、そっと両手に持ち直すと、ゆっくりと二つに割り、奇麗に割れて卵がボールに入った。
「殻はそっち」「ここ?」「そう」
香澄は足でペダルを押し、パカンとごみ箱の蓋を開けると、そこに両手で持っていた殻を、ポイポイと交互に投げ捨てた。
何だか『ゴミ捨て』も楽しそうだ。




