親友と(三)
いつもなら、香澄は遠くで待ち、真衣が走ってそこへ戻るのだ。
それにしても、いつも香澄は浮かない顔をしている。もっと、先週みたいに、笑えば良いのに。
そうしたら、もっと。まぁ、余計なお世話か。
しかし、今日の『浮かない顔の理由』が、何となく判った真治は普通に挨拶をした。
「おはよー」
その声を聞いて、香澄の表情はもっと険しくなる。何やら話辛そうにしているではないか。
それでも、ちょっと急いで近付いて来る。
昨日の夕方、香澄は買い物の『戦利品』を握り締め、ご機嫌で帰宅した。すると、なんと『真治から借りた傘』が、なくなっていることに気が付いたのだ。
まさか今度は『自宅にある傘』が、紛失ですって? あり得ない。しかし『犯人』は直ぐに見つかった。それは母である。
『アイランドAの傘ぁ? お母さんが返しといたわよっ』
呑気に返された返事。『あなたが返さないから』とか、『駅前に行ったんだったら』とか、小言まで添えられる。
香澄は震えながら、今までにない叫び声をあげた。全力だった。
母にしてみれば、それは『いつものこと』だったのに。不機嫌に怒り出した香澄を前にして、母はただ驚くばかりだ。
いくら怒っても、現状は変わらない。傘は帰って来なかった。
正直に謝れば許してくれるだろうか。今はそれだけだ。
「おはようございます。あのぅ」
昨日とは打って変わってと言うべきか。それとも、いつも通りと言うべきか。とにかく小さな声。ぺこりと香澄が頭を下げる。
しかし、次に来るべき『謝罪の言葉』は、喉に引っ掛かってしまい、出て来ない。それは、隣に真衣がいるからだ。
ちらりと真衣の方を見る。どうしよう。今はノートを読んでいるが『地獄耳』はきっと健在だ。聞かれたら、後が怖い。
すると真治は、直ぐに気が付いてパッと手をあげた。
「先に行くねっ」
二人に手を振って、真治が走り始める。
駅前通りの歩道は、電車を降りた生徒で溢れていたが、地下道を抜けて来た生徒は一本裏の道を歩いた。人通りが少ないからだ。
真治はそっちを走って行く。あっという間に小さくなる。
しかしどんなに急いでも、その先の街道を渡る横断歩道はなく、左に曲がって駅前通りまで行くしかない。
真治と香澄が揃ってジャンプした横断歩道を、今は大勢の生徒がゆっくりと歩いている。絶賛渋滞中だ。
「はーい。まったねー」
ノートを見たまま真衣が生返事をした。既に真治はいない。
香澄は真治の後ろ姿を見送ったが、ずっと直視はできなかった。
真治と意思疎通をすること。
それは香澄にとって『難易度の高い試練』だった。




