親友と（一）
月曜日の朝。また一週間が始まった。しかし香澄にとって今週は、今までとは違う一週間になるはずだ。そんな予感がする。
「おっはよー」
門扉を出た所で、右から真衣の声がした。ノリが軽い挨拶だ。
「おっはよー」
香澄も真衣に負けず、ノリが軽い。右手の拳をあげた。いつも通りの挨拶だ。
真衣は『右手に持った傘』をあげながら、挨拶をしていた。そして、小走りに来る。
香澄の所まで来ると立ち止まり、傘を香澄の前に差し出した。
「それ、私の傘ぁ？ もぉー」
「えぇー、そうなのぉっ？」
にっと笑って、わざとらしく真衣が言った。見覚えのある印が、確かにあるではないか。
「じゃぁ返すっ！ はいっ！ ありがとっ！」
「えぇっ、こぉこぉでぇ？」
香澄は傘を受け取った。今日は晴れているのに、どうしろと。
「良ぃじゃぁぁん」
「良ぉくなぁいよぉ」
「じゃあ、家に置いて行けば？ 私は先に行くけどねっ。どぞー」
真衣は笑顔で香澄の家を指さした。香澄は苦笑いで返す。
「えっひどっ。それにこれー『学校の置き傘』なんですけどぉっ」
二人は同じ方向に歩き始める。いや、もう歩き出していた。どの道その傘は、学校へ連れて行くつもりらしい。
先週、真衣は香澄に『傘持っている？』と聞いた。
香澄は確かに『うん』と答え、真衣は『じゃぁ大丈夫だね』と、先に帰ったのだ。
真衣に『置き傘』を自慢したことがあって、一緒に帰ったこともある。確かにそのときも、楽しかった。
それにしても、良く見てやがる。道理で、傘がなかった訳だ。
「だって、傘あるって言ってたじゃーん」
「それがこの傘だったのー。もー、ない訳だよー」
「そうだったのぉ？」
真衣は『それは知らなかった』と、驚愕の表情になる。嘘だ。
「それならそうと、言ってくれないとぉ。わっかんないじゃーん」
それも勿論、嘘である。ニコニコしてからに。悪い奴だ。
「えー。言わないでしょー。ふつー」
物凄く当然のことだと思って、香澄は言い返す。
言い合っているが、終始笑顔の二人である。
進藤真衣と小石川香澄の家は隣同士。隣と言うか、表裏というか、まぁ、そんな感じだ。
小学校四年生の時に香澄が引っ越してきて、それからずっと同じクラスだった。
そして今は、同じ吹奏楽部員でもある。
「だからさぁ『一緒に帰ろう』って言ったのにぃ。どうしたの？」
真衣は普通に聞いただけだ。しかし香澄は目が泳ぐ。
「んとね、図書室に寄って行きたかったの」
ちょっと苦し紛れに答えた。だから口調も変わった。
真衣の表情が、笑顔からパッと心配する顔に変わる。
「えぇ、本返すだけなら、待ってたのにぃ。図書室近いんだしぃ」
「借りようとしてたの！」
何故か必死だ。どうしても理由は『図書室』らしい。
香澄が必死に答えるものだから、真衣には判る。香澄が『嘘』を付いていることが。
根は真面目な癖に言訳が下手なのだ。それにアリバイ工作も。
「うっそだー。土曜日は図書室、午前中で閉まっちゃうじゃーん」
下から覗き込むように見つめ、右手の人差し指を添える。
「あぁっ！」
香澄が『しまった感』を出しながら声をあげた。
嘘が真衣にばれるとめんどい。これはまずい。
「何してたのー。ねぇ、ねぇ、何してたのー。そんな言訳してー」
早速絡んで来たではないか。これがもし『ランドセル』だったら、今頃引っ張られている頃だ。
「何でもない。何でもないってぇ。とにかく『図書室』だってぇ。本当だってぇ」
片目を瞑りながら『勘弁してくれ』と願う。
しかし、そんな祈りが真衣に届く筈もない。まぁ、それは判っているのだが。
「あぁ？ 何隠してるぅ？ 何だぁ？」
ほらね。逆に『推理』を始めてしまったではないか。イヤらしい目で香澄の目を覗き見る。
「男かっ！ 男だなっ！ 澄ちゃん！ 白状しなさい！ えぇ？」
ガシッと肩を掴まれて、香澄の目は真ん丸になる。対する真衣の顔は、それはもうゲスな笑顔だ。いや奥さん、まだ朝ですよ？
「ちぃがぁうよー、もう、ぃやだよー」
そう言いながらも、笑顔で肩を強く振って、脱出を試みる。
「ちょっ、じゃぁ、何よぉー。ちょっとぉ、澄ちゃーん！」
肩を掴み直す瞬間を捉え、香澄は何とか拘束から離脱した。
「ちょっとぉ、何でも良いじゃーん！ もぉ！」
香澄は笑いながら走り始める。
左手にカバンを持ち、右手で返してもらった傘を振り回し始めた。
真衣にしてみればそんなの何の影響もない。ささやかな抵抗だ。
余裕の笑顔で、真衣はそれを避けつつも、香澄を追いかける。
「逃がさん！」
今日も『朝の追いかけっこ』が、始まったようだ。
やっぱり、いつもの朝である。
