雨の帰り道(十三)
真治に合図されて、香澄は雨の中へ飛び出した。
次の電車まで一緒にいることが無理なのは、なんとなく判る。それでも、これまでのことを思えば、十分幸せだった。
それよりも何よりも、最後で転んだりして『失態』を見せないようにしなければ。だから足元だけを見て、振り返らずに走る。
『改札口まで見送ってくれていたら、私のことが好き』
心の中で、勝手な占いを始めた。それ位は許されるだろう。
改札口で『勝負』と思って振り返ると、真治はまだそこにいるではないか。嬉しい。
改札を通り抜け、足取りも軽く電車へと向かう。
もう目の前に電車が来ていが、タイミングは慣れたもので慌てる必要はない。
それでも、心臓の鼓動は明らかに早くなっている。
うん。きっと、走ったからに違いない。
『見えなくなるまで見送ってくれたら、私のことが大好き!』
また勝手に占った。根拠なんて何もない。それでも占いたい。
電車は空いていたが、座ることなんて考えてもいない。香澄は、決心して振り向く。
そのとき、息が止まっていることに、自覚がない。
そこに、真治の姿があった。
音楽室で見る真治とは違い、だいぶ小さくなっていたが、香澄が手を振ると振り返してくれている。
間違いない。真治だ。嬉しいではないか。
占いが『ほぼ確定』したことに嬉しくなった香澄は、手の疲れを忘れて振り続ける。
あと何秒だろうか。『見えなくなるまで』だから、早く見えなくなって欲しい。いやいや、見えなくなるのは寂しいではないか。
只ひたすらに自問自答して、混乱する。
ただ、内心では判っていた。
一抹の虚しさと、心の底から沸き上がる寂しさと、それと。
目の前に、二人の邪魔をするドアが現れる。
それでも香澄にとって『これまでのこと』を思えば、そんなものは『邪魔な内』に入らない。
問題なしだ。香澄は笑顔で手を振り続ける。
しかし、電車が動き出したその瞬間、香澄の顔から笑顔が吹き飛んだ。あれだけ激しく振っていた手も、ピタリと止まる。
それに、もう一度確認しようにも、既に真治は見えない。
電車を降りて、走り寄ることもできない。
何もできないではないかっ!




