テスト期間(七)
香澄が言い返す。しかも、文脈の語尾がどちらも強い。
それでも言われた真治は、『心外なこと』を指摘されたのか、それとも違うのか。目を見開いて驚いてはいる。
まぁ、顔は笑っているのだが。
「それに、先に来てたのは、小野寺先輩じゃーないですかぁ」
香澄は真治の顔を見て、悪戯っぽい顔で指摘する。
実はその通りである。
真治は『今日から部活がない』ことを知っていた。だから音楽室にやってきたのだ。
事実を指摘された真治は、答えに困る。
「絶対、ピアノ弾こうとしてましたよね?」
ひゅっと香澄に指さされた真治は目を丸くすると、まるで逃げるように廊下を歩きだす。
「してない。してなぁい」
真治はトランペットケースを横に振って否定した。そんなことを信じない香澄が、パタパタと追いかけて来る。
音楽室に来た真治は、トランペットの棚からマイトランペットを出そうとしたが、仲間のトランペットの下になっており、一度全部外に出さないとダメだった。
一人で全員分のトランペットを、外に出すのは大変だ。
狭い足場の両サイドに二台置いて、一度床まで降りる。そしてその二台を床に置く。また足場に登ってを繰り返し、マイトランペットを出した後はその逆を繰り返す。
やっとのことでマイトランペットを出して机の上に置くと、引き続き、抜き足差し足忍び足でピアノの前まで来た。
その時だ、入り口からピョンピョン跳ねて『中を覗き込む香澄の姿』が、横目に見えたではないか。
仕方なく入り口まで戻って、真治がそっと外を覗き込む。すると何を思ったのか。香澄がシュッと隠れた。
それを見た真治が『よし、誰もいない』と演技をして、中に戻ろうとしたものだから、香澄が慌てて『中に入れてくださいよ』と飛び出し、今に至るという訳だ。
「まぁたぁ聞きそびれちゃったかぁー」
真治に追いついた香澄が残念そうに言い、ちらりと真治を見る。真治は知らんぷりをして言葉を遮った。前を向いたままだ。
そうだ。ピアノを聴きたかったら、そのままドアの所で隠れていれば良かったのに。
まぁ、そうしたら『テストの点』は、聞けなかっただろうが。
「トランペットを回収しに来ただけだよっ」
真治の自宅に、『今は』ピアノなんてない。悲しくもそれは、事実である。
「何で『音楽室にいる』って、判ったぁ?」
真治が香澄に聞く。何でバレたのか、ちょっと不思議だった。
香澄は苦笑いすると、真治の方を見る。
「階段からぁ、トランペット泥棒しているのがぁ、見えましてぇ」
それは、確かに偶然だった。しかし『見てはいけない所』を見てしまったので、香澄は笑顔で飛んで来たのだ。
「あー、見えちゃった、かー」
真治はおでこをパチンと叩いた。
今日のミッションは失敗。否、大失敗だ。
コの字型校舎の三階行き止まりにある音楽室は、授業がない時は誰も来ず、ひっそりとしている。
電気を消してコソコソしていれば、静かな練習時間を過ごすことができるのだ。
しかし、本校舎の階段から見えるとは。迂闊だった。
「今度から気を付けるよー」
真治は真顔で『反省の弁』を香澄に述べた。
しかし、それを聞いた香澄の顔からは、笑顔が消える。
「ダメですよっ! 鍵借りないとっ!」
香澄に真顔で言われ、真治は頭を掻いた。
ごもっともでございます。




