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case1. 間一刀の場合 起

 どこかで誰かが話している。

「夢っていうのは不確かなもんだよねえ。あやふやっつーか、なんっつーか」

 薄暗い、駄菓子屋の中だった。住居と店舗が一体化されている。狭く煩雑した空間に、二人の人間。

 棚には吹き戻しや銀玉鉄砲、五円チョコなど、駄菓子屋お馴染みのアイテムが並べられている。入り口付近に置かれているのは、アイスクリームの入ったボックス。開け放たれた引き戸から、白光が容赦なく室内を照らしている。内部の元々の暗さも相まって、店の中は白と暗に分かたれ、陰陽の如き色彩を編み出していた。

 二人の人間のうち、一人は、二十歳前後の男性である。腕を組んで玄関の壁にもたれかかった彼は、外からの光を浴びても、眩しい様子など一つも見せていない。肩まで伸びた黒髪が、眼鏡のレンズに薄らと掛かっていた。

 背が高く精悍な体つきで、黒の背広を纏っている。

 もう一人の人間は、カウンターを隔てた住居側――奥の畳に仰向けに寝そべり、分厚いマンガ雑誌を熱心に読み耽っていた。

 青年と同じく衣装は黒いが、こちらは外套である。小学校高学年くらいの外見に、和式マントとロングブーツという組み合わせは、恐ろしく不釣り合いだ。見る人によっては、男にも女にも見える顔だちをしている。畳の上に広がった赤茶色の毛髪は、人形の様に長かった。目を猫の様に細めている為、笑顔を浮かべている風にも見える。

 何故か隠すように――右腕に、紫の布を巻いていた。

「ん? あれ? おーい。メガネ君たら、何か反応しとくれよ。こんないたいけな児童のアプローチを無視するなんて、子供に夢を見せるのがモットーの我が業界じゃ、ダメダメだよ」

 寝転んだまま畳を足で叩き、抗議する子供。「メガネ君」と呼ばれた黒背広の男性は、深く溜息を吐いた。

「子供に夢を見せるって、私達はサンタクロースではありません。勿論、ネバーランドの住人でもない」

 刺を含んだ青年の言葉に、子供は上半身を起こし、キャハ、と犬歯を見せる。

「おやおや冷たいねー。路上に打ち捨てられて飢えと寒さに震えている君を拾った時、君は僕に誓ってくれたじゃないか。『一生、あなたについていきます』と」

「誓ってませんし、拾われた記憶もありません。勝手に記憶を捏造しないでください」

 それに、と青年は付け加える。

「私や貴方に――『一生』なんていう明確な期限が定まっているのかどうか、分からないじゃないですか」

「同感だね。僕だって、自分がいつの間に誕生したのか、解らないんだから。我々はいつの時代にも人々の夢の中にいたし、いつの時代でも人々のすぐ傍にいる」

「そうですね」

 子供の言葉に、同意を示す青年。うんうんと頷く子供。

「メガネ君だって、自分がいつストーカーになったのか、解らないんだから。メガネ君はいつの時代にも脱衣所にいたし、いつの時代にも美女のすぐ傍にいる」

「……」

 青年は不意に歩み寄り、マントの子供からマンガ雑誌を取り上げた。そして、七百ページを超えるその月刊誌を、真っ二つに裂く。

 子供の顔から笑みが消えた。

「なんてことをするんだ! まだ巻頭の銀はがし、やっていなかったのに! くそ、罰としてクーラーボックスから、当たり付きアイス棒を探してきなさい」

「そんな物、何に使うんですか?」

「コロコロの墓を建てるんだよ」

 当然の如く宣言する子供の脳天めがけて、半分になったコロコロを落とす青年。

「いたいっ。虐待反対っ」

 鈍痛で頭を押さえる子供に、頭痛で頭を押さえながら、青年は説得した。

「この前現世を偵察した時に、お土産に沢山雑誌を買って来たでしょう。後、必要かどうかも分からない物まで」

「ジャンプとサンデーとチャンピオンとマガジンとビッグコミックと漫画タイムとガンガンと赤マルとエースとGファンとイブニングと花ゆめの事かい? あんなもん、二日で全部読み切ったさ。えっへん」

 腰に手を当て胸を張る子供。それを見た青年は、「今度下界に行った時は、自分用に転職情報誌を山ほど買っていこう」と心に決めた。

「それとメガネ君。君は先程、僕が君に対し、要るのかどうかすらわからない物まで買いに行かせたと言っていたが、それはひょっとして、便器が詰まった時にスポコンスポコンするアレかい? だとしたら、君の言い分は間違っているね。アレに関しては、『便器が為に必要だからよろぴく』と、事前に言っておいたじゃないか」

「我々は夢世界の住人です。トイレなんて使いません」

 冷静な突っ込みだった。茶目っ気一つない。

 すねて唇を尖らせ、涙目で青年を見上げる子供。

 直立したまま、そんな子供に冷たい視線を注ぐ、青年。

 無言の空気が、場を支配する。

 十秒後。

 コンコン、というノックの音で――二人は、我に返った。

「お客さんだよ、開けてあげたまえメガネ君。はーい、今中に入れるからねー」

 大きく背伸びしながら、大声で客に呼び掛ける子供。

 眼鏡の青年は、心残りがあるかのように子供を一瞥した後、無言で戸口へと向かった。

 その背中を見送りながら、子供は卓袱台に肘をついて――くつくつと笑い出す。

 歪んだ――笑みだった。

「ん、ん……今度の依頼人は、どんな迷える子羊さんかな?」


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