時給戦士達
「宙太君、船長となんのお話してたの?」
船長室から自室へと戻る途中、声を掛けて来たのは俺と同じドーナツ屋でバイトしていた同い年の女の子『七色琴音』だった。
黒髪ロングにスラッとした長い手足、大きな瞳は少し茶色見があり御伽話のお姫様が現実世界に具現化されたかのような美少女である。彼女目当てでドーナツ屋に来る客も多く噂では彼女のシフト日とそうでない日の売り上げは8割も違ったらしい。
(それだけ売れてて潰れるドーナツ屋もどうかと思うが……)
そして彼女もまた、次のバイト先をと応募した先が、この超時空戦艦『アヴァイン』なのであった。
「い、いやぁ。大したことじゃないよ。ちょっと赤髭船長と今後のスケジュールの打ち合わせを、ね。こと……七色さんこそどうしたの? 船長室の近くまで来るなんて珍しいね」
ドーナツ屋で1年間同じバイトをしていたのにいまだに苗字呼びである。高嶺の花すぎて恋心を抱くことさえおこがましい。だが、この『アヴァイン』の搭乗者名簿に彼女の名前が載っていた時、2時間ほど喜びの舞を舞ったのは男ならば当然の行動と言えるだろう。
し か も、七色琴音の所属は第一防衛部隊! つまりは同じ所属であり、役職上は俺が上官となるのだ。
(神様ありがとう。頼れる上官になれるよう頑張ります!)
「実は私も船長に相談したい事があって……今忙しいかな?」
もじもじと手を擦りながら船長室の方向をチラチラとみる琴音ちゃん。
前のバイト先ではシフトも違った為、話す回数も少なく性格もあまり把握できていないのだが結構引っ込み事案な所があるのかもな……よし!
「大丈夫だと思うよ! なんなら俺、一緒についていこうか?」
勇気を振り絞ってここぞとばかりに頼れる存在をアピールしてみる。
「え……でも悪いよぅ」
「遠慮しないでよ、結構赤髭船長とは喋るんだ俺」
「でも、部屋で自慰とかしてたら気まずいし」
「じ……! じ、、い、いや流石に船長室でそんな事しないと思うよ。心配しすぎだって」
「う〜ん……ありがとう。でもまた今度にするね、もしその現場に遭遇しちゃったら船長の赤髭を文字通り血の赤に変えちゃいそうだから……」
怖ぇぇ! っていうななんで船長室で自慰してる事前提なんだよ。確かに見た目不審者っぽいけど決めつけは可哀想だろ!
「気にしすぎだよ、船長もいい大人なんだから。きっと時と場所は選ぶよ」
なんで赤髭船長のフォローしているんだ俺!?
「そう……だよね。ゴメン変な事言って。でも本当に急ぎじゃないからまた明日にでも出直すことにするね、ありがとう」
そう言ってニコッと笑う彼女は月並みだが天使のようだった。
「あ、あぁそうだんだ。じゃあまた何かあれば言ってよ。相談に乗るからさ」
我ながらナヨナヨとした口調だな、と思いつつも精一杯の男らしさを見せる。
「ありがとう、宙太君。自慰船長にもよろしく伝えておいてね」
「う、うん(自慰船長言うとる!?)」
ひらひらと手を振りながらその場を去ろうとする彼女。俺はせっかくの会話を途絶えさせてしまう事が名残惜しく他愛ない会話で引き止めようと咄嗟に言葉を投げかける。
「あ、あーーそう言えばさ。七色さんが船長に話したい事ってなんだったの? あ、いや、言いたくなければ全然いいんだけどさ」
会話を繋げるのに手一杯で気の利いた事も言えない自分が情けない。
「あ、うん。実は『アヴァイン』のE区画の右側面から異常が検知されてね。その報告をしようと思ってたんだ」
「へ、へーーそうなんだ、でもそれなら早く報告した方がいいんじゃない?」
「大丈夫だよ、原因はもう突き止めてるから」
自信満々に胸を張る七色琴音。その豊満な胸がより強調され目のやり場に困る。
「そ、それは凄いね。で、原因はなんだったの?」
「未確認生物が張り付いてたの」
え……?
「未確認生物……?? それってマズイんじゃ……」
「大丈夫だよ、未確認生物って言っても多分アレ、侵略者の『ニャーラス』だから」
は……?
「それでね。ハッチを開けてドーナツあげてみてもいいですか? って船長に確認をしようと……」
「いいわけあるかぁぁ!!」
「え……やっぱりアレルギーとかあるのかな? 着色料とか入ってないものの方がいいのかな?」
「イヤイヤイヤイヤそれ俺たちの標的!! 殲滅対象!! 旅する目的!! そんな拾ってきた猫みたいな扱いしてたら駄目でしょおぉぉぉ!?」
何言ってるのこの子!? 頭ドーナツなの?
突拍子もない発言につい我を忘れて怒鳴り声をあげてしまう。
「え、でも可哀想だよ、必死にしがみついてるし、助けてあげようよぅ」
上目遣いに甘えた口調で懇願してくる。
くっ! 負けるな俺! 地球の平和は今、俺の手に握られているんだ!
「な、七色さん。冷静になって、奴等は地球を襲う侵略者なんだ。まずは船内の安全確保! そして駆除! 可能であれば生態系調査の為に確保! これが順番だよ」
そこまで伝えたところで背後から声がする。
「空色部隊長の言う通りだ、七色隊員。絶好の機会だ。『ニャーラス』は俺が確保する」
後ろを振り返るとそこには長髪の髪を後ろに束ねた長身の男性が立っていた。
「あ、貴方は確か時給1200円の……!?」
「あぁ、筆頭遊撃手『射手弓矢』だ」
圧倒的強者の風格を携えた彼の右手には歴戦使い込まれたであろう夏の風物詩……虫取り網が……!
「ちょ!? カブトムシ取りに行くんじゃねーんだぞ!!?」