番外編 ルークの幸せな夜
たくさんのブックマークありがとうございました。
伏線回収開始します。
「」・・・ケイリッヒ語
『』・・・マレ語
絞り出すように伝える声は、柄にもなく震えてしまった。
『初めて会ったときから、君に惹かれていた。
あの祭りの日、君に出会い、僕は君に恋をしたんだ。』
『ルークは、あの時の人なの?あの時の、銀狐さん』
『ああ、君がこの国に来たのは、僕が、君を望んだからだ』
『へへ、うれしいかも。
いいよ、銀狐さん。
バステトがお嫁さんになってあげるよ。』
ふにゃっと崩れるような笑みで少女はルークを見上げた。
それは、夢でも何でもなく、昨夜の出来事だった。
その証拠に、それを聞いて自分は、嬉々として、婚約の誓約書にバステトと一緒にサインをしたのだから。
彼女が自ら望むまでは婚約を強制することはしないでほしい、そんな彼女の父親との約束もきちんと果たした。
マレにも親書とともに誓約書の写しを送った。
ルークは幸せの絶頂を極めていたはずだった。
二人でテラスであの時の思い出を語らいながら、今度の休みは街に出ようか、などと話をして、それはそれはいい雰囲気だったのだ。
会話をしながら、バステトはルークの肩にもたれかかって寝てしまったので、それを抱き上げてベッドまで運んだ。
本当に幸せな夜だった。
そして、それ以降も、幸せな日々が続くはずだったのだ。
ところが。
『ねえ、ルーク、「婚約者」ってなに?』
昼休み、いつものように学園のカフェテラスの周りから少し離れた特等席に二人で座ると、バステトは腕組みをして眉を寄せる。
そんな仕草も表情もすべてがかわいい。彼女は自分の婚約者なのだ。
『ああ、言葉がわからないんだね。「婚約者」は、婚約者のことだよ』
『知ってる。でも、よくわからない。クラスで「ご婚約、おめでとうございます」って言われたんだ。
マレにいるハサンのことを言ってるんだと思うんだけど、学校を卒業したら結婚しようかって言ってたぐらいで、婚約の話が進んだとは聞いてないし。』
バステトは本気で悩んでいる風であるが、色々と突っ込みどころだらけな発言にルークは凍り付いた。
「エルマー、なんだろう、これ。僕は、夢を見てるのかな?」
「いやあ、料理に酒でも入ってたんすかねえ?昨日、姫様いやにふにゃふにゃしてましたよね」
そういや、王宮のフルーツポンチってリキュール入ってますねえ、などと護衛の大男は気の抜けた返事を返してくる。
『バステト、君、昨日のことを覚えてる?』
『昨日?あれ?何してたっけ』
ふざけるな!
昨日の幸せな夜はなんだったんだ。
ぴしりっと音がして手に持ったコップにヒビが入ったのを見て、エルマーがコップを取り上げる。
俺の告白は?
バステトの返事は?
その前にちょっと待て。
『バステト、君、さっき、ハサンとなんだって?』
すると、ぱっと顔をほころばせる。
『へへー、ハサン、かわいいんだよー。
『姉さま、帰ってきたら結婚しましょうね』
なんて言うんだー。』
あのクソガキ。
最後に嫌がらせか!
『バステト、君、まさか、それ、受けたの?』
声が低くなる。
『んー? そのあと、確か父様が慌てて何か言い出して……』
おそらく皇帝が慌てて止めたに違いない。
当たり前だ!
『あれ?? 私返事してないかも! 返事しとかなきゃ。』
バステトからハサンへの手紙はしばらく止めなくては!
ルークは、息を深く吸って自分を落ち着かせた。
別に最悪の事態ではない。
これから、もう一度繰り返せばいいだけだ。
彼女の心を再び取り戻せばいいだけ。
彼女は自分を憎からず思っているはず。
その証拠に彼女は昨夜、自分に頷いてくれたではないか。
ルークは、いつもバステトに接している、やさしい微笑みを浮かべる。
『バステト、婚約は、本当だ。ただ、ハサンじゃない。
君と僕との婚約だよ。』
バステトは目を丸くする。
『なんで?』
僕が、君を望んだからだよ。君のことが欲しかったから。君に恋をしたから。
でも、こんな人がたくさんいる場所で、それを口に出すのを一瞬ためらっているすきにバステトは続けてしまった。
『政略結婚なんて今のマレとケイリッヒなら必要ないんじゃない?
それに、今日、婚約おめでとうって言ってくれた子たち、すごい、バステトのこと睨んでた。
それって、ルークとの婚約だったからなんだね。みんな、異国人の王妃なんてやなんだよ。
ねえ、婚約破棄ってできるんだよね?やめにしない?』
何かが壊れてしまった。
『君、ばかなの?婚約解消なんてできるわけないでしょ。国が決めた婚約だよ?』
自分で思っているよりも、冷たい声が出た。
「ルーク?」
『いい加減、気づいたら? 黒猫ちゃん。そのかわいい頭の中も猫みたいなのかな?
わかりやすく言うとね、君は、僕と一緒にいるしかないんだよ。かわいいかわいい婚約者殿』
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「いやあ、お約束ですねえ」
バステトが去ったあと、自己嫌悪に沈み、カフェテラスのテーブルの上で、汲んだ手に額をのせるルークに、エルマーは相変わらずのんびりと続ける。
「エルマー、どこかに飛ばされたいの?北方の砦はいつでも人手不足だよ」
こうしてルークの幸せな夜は、永遠に失われてしまったのだった。
まずは、二人の婚約の経緯についての伏線回収でした。
続いて、邂逅編(3,4話くらい)が続きます。




