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【完結】婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました  作者: 瀬里@ピッコマ/Lineマンガ連載中
争乱 編

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10 それぞれの進むべき道 




 深い森に左右を挟まれた街道沿いの道を騎馬の一隊が駆け抜けていく。

 ケイリッヒの王太子ルーク=フォン=ケイリッヒと護衛達の一行は、キーランとマレとの密約を秘密裏に破棄させるため、マレの隣国キーランに向かっていた。

 密約の内容は、軍事支援の対価に、マレ西部の油田地帯をキーランへ割譲することだと王太子ルークは読んでいる。先行させた影の騎士団からもそれを裏付ける情報が入りつつあった。


 ケイリッヒとキーランは、国を一つ隔てた陸続きだ。ケイリッヒの西、友好国であるカヘルを南へ抜けるとそこはキーランである。

 影の騎士団は、大陸の各地に拠点を設けている。その拠点を利用し、馬を乗り換えながら、最速でのキーラン入りを果たすべく、一行は早朝から馬を駆っていた。



 その日の午前中、短い休憩をとるため、一行は森の脇の泉へと立ち寄った。

 各自思い思いに体を休める中、新顔のミケーネは、少ない顔見知りであるエルマーに話しかけてきた。


 「いやさー、なくないー?あの王子、きれいな顔してやることゲスいよね。飴玉が空気に触れるととけるとか嘘教えて。皇女様にすっごいキス教えてるんだよ。いたいけな皇女様だましてひどくない?王子のやることじゃないよねー。」


 朝から馬で駆けさせられて、近衛騎士であるエルマーでさえも疲れ気味なのに、ミケーネは今日も元気だ。この偽子爵令嬢は、身体能力の高さとものを覚える能力には秀逸なものがあるが、体力もすさまじい。

 男性物の騎士服を身にまとったその姿は、ケイリッヒ人に多い金髪に青い瞳で、トレードマークであったベビーピンクの髪もなければ、品のよさそうな令嬢の面影はどこにもない。

 束ねて脇に足らした金髪に整った面立ちは、中性的でどこかの貴人を思わせるようだが、表情とセリフで台無しだった。


 「……ミケーネさんも姫さんに色々教えてませんでしたっけ?」


 エルマーが頭二つは低いミケーネに胡乱なまなざしを向けると、彼女はさらに力説する。


 「違うの!王子がやったらだめでしょって言ってんのよ!」

 「はあ……」

 「私が色々教えたかったのに!!お姫様にさー、手取り足取り教えてあげてさー、こう、頬をぽっと染めたりなんかするところが見たかったのに!! ついでに、こう、女同士でいけないことしてる背徳感みたいなのを味わってみたかったのに!!」


 きれいな顔して言っていることはひどい。王子の事を言えたものではない。


 「こういうの、五十歩百歩とかいんじゃないっすかねえ」

 全くどこのエロおやじだ、というように 思わず蔑む視線を向けてしまうと、ミケーネは勝ち誇ったように腕を組んで目の前の大男にどや顔を向けた。


 「あんた、私のことをそんなゲスを見るような目で見ながら、そのセリフって、王子がゲスだっていってるのとおんなじだって、わかってんの?」


 「そんなの元からわかってんじゃないっすか。ミケーネさんがそれと同レベルだっ……て」


 「エルマー、君、よっぽど王都が嫌いなようだね」


 「ああ、いえ、あの……」


 背後に冷気が忍び寄っていることに、また気づくのが遅れた……。



------------




 ルークは焦っていた。

 かなりのスピードで行程をこなし、先を急ぐ。

 一行に無理を強いているのもわかっていたが、それでも止めることができない。


 クーデターの起きる時期を読み違え、予想以上の速さで進む事態に対し、十全なリカバリーができていない。本当はこの事態になるまでに、やっておきたかった下準備はいくつもあった。

 休憩のたびに、先行して入っている影の騎士たちに鳥を使い指示を飛ばす。


 計画通りに行かないことに苛立っている自分をなるべく客観的に見るように心がける。

 しかし、絶対に失敗できないというプレッシャーが、ルーク自身を不安定にしていた。

 失敗したら、バステトは――ルークの『黒猫』は、取り上げられてしまうかもしれない。

 いや、取り上げられないまでも、彼女の今の立場は維持できないだろう。

 彼女は気づいていないが、血の契約は、マレではどうであれ、ケイリッヒにおいて婚姻を確約するものではないのだ。

 彼女が後ろ盾のない亡国の皇女になったら、彼女をそばに置くことを許されても、王妃にすることは許されないかもしれない。

 おそらく、血の契約を結んだ彼女は自分の側を離れないであろう。

 しかし、そんな日陰の身になったら、彼女は屈託のない無邪気な笑顔をまた自分に向けてくれるだろうか?

 そんな忸怩たる思いが、ルークの焦燥をさらにかき立てるのだった。





 カヘルからキーランへの国境を前に、2度目の休憩をとった時、その知らせは舞い降りた。


 影の騎士団は、連絡に品種改良したハトを使う。特殊な音を聞き分けるハトを飼育し、暗号文を持たせ放つ。

 騎士団は、人間の耳に聞こえない音を常時鳴らせておく小型の装置をもっており、移動中もハトを使って常時連絡が取れるようになっているのだ。

 

 ルークは、ハトによってもたらされたその知らせをぐしゃりと丸めると、その暗号文をエルマーに渡し、体を放り出すように木にもたれると、ずるずると座り込んだ。

 片手で目を覆い隠す。

 人に見せられない、ひどい顔をしているに違いない。


 また、読み違えた。


 暗号には、バステトが、国を出てマレに向かったとあった。


 <信じて、待っていてほしい。必ず、君が幸せになれる道を勝ち取る>


 あの日、そう伝えたのに。

 自分は、信じてもらえなかったのか?

 情けなさにきつく唇をかむ。


 自分の手の届くところに置いておきたかった。

 自分の手の中で、囲って、閉じ込めて、何一つ危険のない安全な場所で、真綿にくるむように抱きしめて大事に、大事にしたかった。

 それなのに、『黒猫』は、自分の作った囲いをするりと抜けて逃げていってしまった。


 守りたいのに、なんで守らせてくれない。安全なところで、待っていてほしいのに。

 自分は、彼女のために、彼女を守るために、こんなにも手を尽くしているのに、なんで待っていてくれない。

 自分への怒り、歯がゆさから、苛立ちが募る。

 そんなルークの思考を打ち切ったのは、エルマーののほほんとした明るい声だった。


 「いやあ、さすが姫様っすねえ。」

 なになに、どうしたの、とやってきたミケーネに、エルマーはバステトの状況を伝える。


 「ええ、お城出ちゃったの!?やるじゃん、姫様。姫様らしいよね。さすが行動派!」


 「夜番にヴァルターしかついてなかったらしいっす。だから姫様、逆にヴァルターに守られてすんなり国を出ちゃったみたいです」


 「えー、何、普通止めるでしょ?あいつ馬鹿なの? まあ、でも、そんだけ姫様の引きが強いってことだね。まあ、姫様らしいよね。よかった。従弟がクーデターの主犯だって聞いてから、ずっと落ち込んでたからさー。」


 「どういうことだ!!何で知っている!?」

 ルークは、ミケーネの発言に顔を上げて、立ち上がった。


 「へ?文官たちが話してたよ……って、王子、あんた、皇女様にそれ、伝えないつもりだったの?」

 ミケーネの声が、低くなる。


 「それって卑怯だよね。大事な情報隠して……あの子さ、この国に頼る人、あんただけしかいないのに、そのあんたに隠しごとなんてされたら、誰も信じられないじゃん!」


 ミケーネの言葉に何も言えなくなる。

 彼のことをあえて伝えなかった、それは事実だからだ。 

 ひと時でも気に病んでほしくなくて、全てが終わったら、何も心配がいらない状態で彼女に伝えたかった。


 「あの子、おかしかったよ。ずっと、王子を探してさ、執務室の前、用もないのにうろうろして。しょっちゅう泣くし」


 ミケーネから語られるバステトの様子に胸が痛くなる。


 ルークは、城を出るまでの彼女の様子を思い出した。

 泣きたくて、でも泣けなくて、何かを我慢しているような表情を浮かべていた。

 思い詰めて、不安で押しつぶされそうな顔で。あんな風に自分を頼って。頼り切って。

 自分の元にすがるように飛び込んでくることも、いつもの彼女なら絶対にしないことだ。


 「何も伝えないで閉じ込めて、籠の鳥にして、そんなの姫様じゃなくなっちまう。わかりますよね」

 黙っていたエルマーが口を開く。


 閉じ込めていた? 

 違う、守りたかった。


 何も知らせなかった?

 知らなければ、傷つくことがなかったからだ。


 けれど、何も知らせず囲うことは、本当に守ったことになるのか?

 彼女は、本当にそれを望んでいたのか?

 選択肢を与えないことは、そのすべてに蓋をする行為ではないのか?


 彼女が、自由にのびのびと過ごせるように、その幸せを手に入れるためにこの道をたどっているのに、その目的のための手段を間違えて過ぎていた。


 焦りすぎて、周りが見えなくなっていたことにやっと気づいた。

 何よりも大切な彼女自身さえ。


 ルークは、再びずるずると座り込んだ。


 「ああ、わかった。あの子が考えてることわかっちゃった。」

 ミケーネは、気を使っているのか、ことさらに明るい声で話し出す。


 「王子が隠し事するからさ。皇女様、はじめは、愛想つかして出てっちゃったのかっと思ったんだけど。」


 ルークは息をのむ。

 ミケーネが狙ったように、にやりとこちらに笑みを向ける。


 「逆じゃないかと思うんだ。あの子さ、いい子だからさ。王子に隠し事なんかされないように、王子に自分を認めてもらいたくって出てったんじゃない? 何か、自分にできることをしようとしてるんだよ!きっと!」


 絶対そう!愛されてるね!と語るミケーネの言葉に、少し目頭が熱くなったことは悟られていないはずだ。


 「影の騎士が向かってますし、大丈夫ですよ。信じましょうよ。姫様は、姫様がやるべきだと思ったことをきっとやりにいったんです。姫様は、籠の鳥じゃないっすよ。守られてるだけの姫様なら、殿下は、ほれなかったでしょ?」


 ああ、彼女は、人を動かす。彼女の舞は、ルークの心さえも動かして、落とした。


 「ありがとう。礼を言う。」

 ルークは、視線を伏せたまま礼を告げた。

 いつもは頼りない臣下二人に大事なことを気づかされ、不覚にも元気づけられた。


 「まあ、殿下は、姫様のことになると途端にポンコツっすからねえ」


 ぴしり。


 そして、いつも通り、この男の最後の一言で全て台無しだった。

 

 

----------------------


 数日後、ルーク達は、キーランの皇都に入った。

 カヘルを南下すると、空気は乾燥し、ぐっと気温が増す。

 キーランの気候はマレに近く、この国の民は、主に遊牧を生業とする。

 すでに、この地には半年以上前から斥候として影の騎士たちが表向き、商人としての拠点を築き、地盤固めをしていた。


 ミケーネは生まれた街の空気をのびのびと吸った。

 この件が一段落したら、スラムの子供たちの顔を見に行く許可は取ってあった。

 ふと視線を感じ、そちらを振り向く。

 しかし、誰もいない。


 気のせいか?


 この国に戻ることは、組織からの報復行為を受けることを恐れ心配だったが、その組織は既に影の騎士団により壊滅している。

 それに仮に組織の残党に気づかれたとして、ケイリッヒの影の騎士団とともにいるミケーネに手を出してくる命知らずがいるとは思えなかった。

 それ以上、気に病むのはやめることにした。

 それよりも、この都でミケーネは為すべきことがあるのだ。

 



 その夜、皇都の古びた家屋の一室で、顔合わせが行われる。


 「彼は、キーラン皇国の王弟ナシール」

 

 「彼女が、マレの舞姫、皇女バステトの一番弟子、ミケーネ嬢だ。」

 

 目深にかぶったフードをばさりと払うと、金髪の美女は、妖艶な微笑みを浮かべた。





宣伝です。


初めて短編書いてみました。

瀬里の3作目です。↓


よくあるじゃない?死亡フラグ持ちの伯爵令嬢の話。でも、そんなにがんばらなくてもいいかなって。

https://ncode.syosetu.com/n8860gw/


転生令嬢の話です。

ハッピーエンドだけど、ちこっと重いお話です。

生死を語る話なので。

気が向いたらご覧くださいませ。

異世界転生、恋愛の日刊ランキング6位もらいました。感謝です。

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