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全5話くらいです。1週間くらいで完結予定です。
もう一つの作品が日刊ランキングにのせていただいたのがうれしくて、ついついこっちもアップしてしまいました…。
その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。
婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。
しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、池のモニュメントに頭をぶつけて怪我を負ってしまった。
――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。
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バステトは、資源豊かな砂漠の国マレの第13皇女。
森と湖と古城が美しいケイリッヒ王国の王立学園に留学中だ。
留学期間は3年で15歳から18歳まで。
留学した途端、国の権力を使ってこのケイリッヒの王太子と婚約を結んだ異国の皇女に、この国の子女は皆よい感情を抱いていなかった。
マレのわがまま皇女が、見目麗しく優秀なこの国の王子に婚約を無理強いしたことや、婚約した後は王子にべったりとまとわりついて振り回す様に、好意を覚える者などいようはずがない。
言葉も不自由で礼儀もなっていないバステトに、周囲は、何かあったらすぐに国にたたき返してやりたいと、憤りもあらわにしていた。
そして、そんな中この事件は起きてしまった。
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「わたし、あやまる、したい」
そこは、学園の王族専用の棟、王太子ルークの住まう最上階のフロアへの入り口だ。
小麦色の肌に黒髪・翠眼のエキゾチックな顔立ちをした小柄な少女は、真剣な面持ちで、王子の部屋付きのメイドに、片言で話しかけた。
しかし、厳しい顔つきをしたメイドはにべもない。
「王太子殿下はお休み中です。どうぞ、お帰りください」
あの事件があってから数日、バステトは、何度も王太子に謝りたいと、こうして足を運んでいる。
そんなつもりがなかったとはいえ、迷惑をかけた自覚はある。
きちんと謝って、誠意を見せるべきだと思ったのだ。
それに、告げたいことがあるのだ。
「話、婚約、お願い」
「まあ、厚かましい。王子をこんな目に合わせて、婚約など続けられると思っているのかしら?
追って王宮から沙汰があるでしょう。それまでお待ちくださいませ」
色々言っているようだが、バステトには早口だとわからない。
「もう一度、お願い」
「王太子殿下はお休み中です。どうぞ、お帰りください」
早口で言っていたのとは絶対違う。
さっきのは悪口だったのだ。それぐらいわかる。
『もう、いい加減にしてよ! あんたたちの望む通り婚約破棄してあげるって言いに来たんだから!通してくれたっていいじゃない!』
カチンときたバステトがマレの言葉で叫ぶと、王子の部屋の入り口を守っていたいかつい近衛が厳しい顔で近づいてくる。
バステトは、怖くなって、きゅっと口を結ぶとくるりと背を向けて王太子のフロアを後にした。
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バステトがケイリッヒに留学に来て、半年が経った。
もう、何もかもがうまくいかない。
一番大きな問題は言葉の壁だ。
この留学は急に決まったため、バステトはケイリッヒの言葉の勉強が全くと言っていいほど出来なかった。
マレの言葉は、この国では話せるものがほとんどいない。
王太子のルークと通訳の侍女くらいのものだ。
けれど、通訳の侍女は体調を崩して、バステトが言葉を覚える前に一か月で国に帰ってしまった。
『代わりの通訳を立てるから少し待って。それまで、僕が君の生活の面倒をみるよ』
と、きれいなマレ語で話すルークの言葉を信じて頼ってしまったのが運の尽きだった。
絶対、あの腹黒王子が何かしてたんだ!
今になってみればそう思うが、当時、頼る者のいなかったバステトはルークに依存してしまった。
王子の側にいるしかないバステトに、周りの見る目や当たりは日に日に厳しくなっていった。
婚約者だと周知されてからは、もう、針の筵だった。
そして、あっという間にバステトは孤立して、ルーク以外、話す相手がいなくなってしまっていた。
そもそも、婚約自体、なんでそうなったのだかさっぱりわからない。
バステトは、18歳になったらマレに帰って、3歳年下の従弟ハサンと結婚することが決まっていた。
弟のようなかわいいハサンは、バステトが留学にいく日にも姉さま!とかわいい声で見送りに来てくれたのだ。
それなのに、ケイリッヒに留学後すぐに王国の王太子と婚約。
言葉もまだ不自由で状況もつかめぬまま、あれよあれよといううちに決まってしまったのだ。
皇族の婚約は、国の事情ではあるが、マレとケイリッヒは、現在それなりに良好な関係である。今更二国間の結びつきを強化する必要などないはずだ。
おまけにこの国の者たちは王太子妃に異国人であるバステトを受け入れる気などさらさらないのは、火を見るより明らかだ。
とてもでないが、こんな国にはいられない。
この婚約は、解消しても政治的に問題ないし、バステト自身もそれを望んでいる。
このやさしい王子様ならきっとわかってくれるだろう。
そして、そんな不安と困惑の中、唯一マレの言葉を話せるルークに気持ちを打ちあけたところ、ルークは本性をあらわし始めたのだ。
『君、ばかなの?婚約解消なんてできるわけないでしょ。国が決めた婚約だよ?』
聞き間違えたのかと思った。
きれいな微笑みで辛辣な言葉を吐くルークに、最初、何を言われたのかわからなかった。
首が自然に右にかしいでしまう。
「ルーク?」
『いい加減、気づいたら? 黒猫ちゃん。そのかわいい頭の中も猫みたいなのかな?
わかりやすく言うとね、君は、僕と一緒にいるしかないんだよ。かわいいかわいい婚約者殿』
王子様だと思って今まで丁寧に応じていたバステトも、あまりの馬鹿にされように、人前だということを忘れて、大声で叫んでしまった。
『な、なんなの!?人のこと馬鹿にして!』
「困った婚約者殿だなあ。ほら、すねないで。今日はどうしても公務があって外せないんだ。あとで、お詫びに部屋に花を贈るよ」
何を言っているかはわからないが、多分、さらっと無視された。
馬鹿にされているのだ。
屈辱だ。
今までこんな扱いを受けたことはない。
こんなときどう対応したらよいかなんてわからない。
「ば、ばかーー!」
仕方なく、唯一覚えたケイリッヒ語の悪口を叫んだ。
それからというものはひどかった。
『あんた、この腹黒! あんたみたいなのと結婚なんてお断りよ! 私は国に帰りたいのよ!はやく婚約破棄してよ! この性悪腹黒えせ王子!』
『さすがに、そんな汚いマレ語は僕でもわからないなあ』
「さあ、ケイリッヒ語でゆっくり言ってごらん?」
「ルーク!ばか!こんやく!XXXXX、いや、わたし、かえる!」
「僕の気を引きたいからって、そんなこと言うのは、どうかと思うよ。」
かっとなるあまり周りが見えず、つっかかってしまったのは反省している。
いや、今にして思えば腹黒王子の作戦だった。
『違うー!気なんか引いてない!今、多分、勝手に話作ったでしょ!嘘つき!』
にこにこ笑って、わざわざ人前で、バステトに恥をかかせる。
バステトにはわかる。
この王子、黒も黒、腹の中どころか、頭の中から、足の先まで真っ黒だ。
あんなのが人気の王子様だなんて、この国はどうかしている。
「皆、気にしないでくれ。婚約者殿は、可愛らしいわがままを言っているだけだからね。」
『また、絶対、変なこと言ったでしょ!皆変な目でみてる』
『ああ、黒猫ちゃん。君がかわいいって言ったんだよ。
あとは、君がいかに僕に惚れ込んでるかって話』
『惚れてない!』
「仕方ないなあ。今日は予定を変更して放課後君の用事につきあうことにするよ」
『今のわかった!!私、何も頼んでない!勝手に用事入れないでよ!』
『これも君のためなんだよ、黒猫ちゃん。
少しでも長い時間一緒にいてお互いの理解を深めるべきだと思わないかい?
何せ僕たちは婚約者同士なんだから。』
『そんなのいらない!頼んでない!』
あんな腹黒なんかごめんだ。
かわいい、癒しのかたまりのハサンが、国には待っているのだ。
バステトは、どうにかこの婚約を破棄しようと日夜奮闘中だった。
続きは、1週間以内
2021/4/29 完結後に追記(思ったより、アクセスしてくださる方が多いので、追記します)
★初めてこの作品を読んでくださった方へ
もし、続きを読んでもいいかも、と思われたなら、
カクヨムの改稿版をお勧めします。
完成度が格段に上がっていたり、つじつまが合わない部分が修正されたりしています。
(賞に出そうと思って書き直したものなので)
~まだ途中ですが、5/9までには完結しますのでよろしかったらそちらもご検討ください。
https://kakuyomu.jp/works/16816452219592378346