4話 抜歯して 絶望して そして……
とある冬の日、推定年齢18歳の俺に、父さんが話しかけてきた。
「文哉ー。お前今度抜歯するからww」
……へ?
“ばっし”?
え?何それ。新しいタイプの馬刺し?
てかあの父さんが笑いながら言うとか絶対ヤバいやつだよね。
母さん以外の人の不幸が大好きっていう、ヤバい人だ。ドSだ。
そんな父さんが、それはもうムカつく程きれいな笑顔を浮かべながら、心底楽しそうに言ってきたのだ。絶対俺が辛いやつじゃん。
「抜歯だよ、抜歯。歯を抜くと書いて抜歯」
…歯を抜くと書いて、抜歯………。
「つまり、この縄文時代の技術で歯を抜くってこと。分かった?」
父さんが、それは楽しそうにそう言った。
縄文時代の技術で、歯を抜く……?
……
…………
………………
「ぅえええぇぇーーーーーー!?」
その日、村中に俺の叫び声が響き渡りましたたとさ。
“抜歯”
なんか、縄文時代では、大人になった証として、歯を抜くらしい。勿論、健康な歯だ。
はぁ!?と思ったよ。
健康な歯を抜くなんてなんでそんなことするんだよ。縄文時代の技術で抜くとか、絶対痛いじゃん!
健康な歯だから、痛い思いしても何も良いことないし!
むしろ数日まともに口使えなくなるよね!?たぶん!
抜歯が大人になった証だって言うなら、俺は大人にならない!一生子供のままで良い!
だから、だから、やらない~~!!やりたくない~~!!
こっのドS!仮にも息子だぞ!?
それなのに、満面の笑みで断頭台に連れていくとは、なんと非情な!
あ!あんな所に千文ちゃんが!!
「ぢぶみぢゃーん!だずげでーー!!じぬ!俺死ぬーーーー!!」
声の限り叫べば、千文ちゃんがこっちに来てくれた!千文ちゃん!女神!尊い!
………ん?あれ?おかしいな。なんで千文ちゃんも父さんと一緒に俺を引っ張ってるんだ!
「文哉くん、大丈夫だよ。痛いけど、数日で痛み消えるからね。ちょっと我慢するだけだから。嫌がっても、結局はやるからね。時間が経てば経つほど、怖くなるだけだよ。早く終わらせちゃおうねー」
そ、そんな、千文ちゃん。
なんて事を言うんだ!父さんに何を言われたの!?
そして何!?その注射を嫌がる子供に対する看護師みたいな反応は!千文ちゃんのナース姿想像しちゃうじゃん!!
「はい、じゃあやろうねぇ」
えっ、ちょっ、まっ……
こっ、心の準備が!!
ぎゃあああぁぁぁーーーーーー!
し、死んだ………。
うー、口が痛いよー!千文ちゃーん、慰めてー。こんな時にこんなムカつくイケメンの顔なんて見てたくないよー!!
しかーし!今は真夜中。千文ちゃんは今頃夢の中だ。
あ" ーー!千文ちゃんに会いたーい!!
「文哉、お前も一応大人になったね」
あまりの痛みに千文ちゃん不足に陥っていたら、父さんが声をかけてきた。
おい、一応ってなんだ。一応って。
俺はもう立派な大人になったんだ!
あんな痛い思いさせといて、やっぱりまだ大人じゃないとか、絶対許さないからな!
「お前もそろそろ、成長が止まるな」
……え?
父さんがしみじみと言った言葉に、俺は凍りついた。
成長が、、止まる。
そう、そうだよ。成長が止まるんだ。最初に言われたじゃないか。吸血鬼は、ある程度の年齢になったら成長が止まるって。
千文ちゃんと共に成長していくなんて、当たり前に考えていた。そんなのあり得ないのに。
だから、吸血鬼は血を吸うんだ。血を吸って、相手を吸血鬼にして、共に成長せずに生きていくんだ。
なら、それなら、俺はどうなる?千文ちゃんはどうなる?
千文ちゃんと一緒にいたいから、千文ちゃんを吸血鬼にする。そんなこと出来るわけない。
だって、千文ちゃんは俺を弟のように思ってるんだ。
千文ちゃんにも、将来好きな人が出来るんだろう。もしかしたら、もういるかもしれない。そんな千文ちゃんに、ただの弟の俺が吸血鬼になってなんて、言える訳がない。
好きな人よりずっと永く生きろなんて、自分は若いまま、好きな人が老いていくのを見ていろなんて、そんなこと絶対に言えない。
もし、少しの可能性にかけて言ってみたとして、それは千文ちゃんを悩ませるだけだ。
ずっと弟のように思ってたやつが自分を好きで、しかも人間じゃない、吸血鬼で。自分に吸血鬼になるように願ってくる。
千文ちゃんは、混乱するだろうし、悲しいだろうし、どうやって断れば良いのか、すっごくすっごく悩むと思う。
そんな思い、千文ちゃんにさせたくない。だから、絶対に言えない。
でも、もしかしたら化け物って恐がられるかもな。だって俺、人間じゃないんだし。そんなことになったら、すっごく辛いだろうな。
そもそも、吸血鬼なんて信じないか。縄文時代では、空想の中にもいないもんね。最大の告白を、千文ちゃんに冗談として笑われるのも、嫌だな。
そうだ。このまま成長が止まったら、将来絶対に不信に思われるよね。そうしたら、この村を出ていかないといけなかったりするのかな。千文ちゃんと一生、会えなくなるのかな。
それが、一番嫌かも。
もう、全部全部嫌だ。
どうして俺は、吸血鬼なんだ?
◇◇◇◇
それからも時間が進んでいく。
あの日から、俺は千文ちゃんとどう接すれば良いのか分からなくなった。どうしても、これからのことを考えてしまう。
それに、千文ちゃんをこれ以上好きになるのが怖かった。好きになればなる程、辛くなる。
どんどんどんどん、俺は千文ちゃんから遠ざかっていった。
最初は話しかけてくれていた千文ちゃんも、だんだん話しかけなくなり、だんだん近付かなくなり、だんだんこっちを見なくなった。
それでも時々強い視線を感じてそっちを見れば、千文ちゃんが慌てて視線をそらしている。
それを見て、あり得ないくらい悲しくなって、それなのに嬉しくも感じてしまって。最低だなって、そのたびに思う。
春の山菜採り
自分でも、何が何か分かるようになってきて、ゼンマイだって、たくさん採れて、それは全部千文ちゃんのおかげなのに……山菜を採る俺の横に、千文ちゃんはいない
夏の漁
いつも、千文ちゃんのためにたくさんの魚を獲ってた。それを見て
たくさん褒めてくれる千文ちゃんも、俺の獲ったタイを、俺の横で美味しそうに食べてくれる千文ちゃんも、全部全部好きだったのに。今でも好きなのに。あ、愛して、いるのに。今、そんな千文ちゃんは遠くにいる
秋の食材採り
キノコ、ドングリ。いろんな食べ物を、無心で採っていく。千文ちゃんの作った縄文土器で、俺の採ったらドングリを煮たのが大好きだったのに、今は、千文ちゃんが作った土器がどれかすら、知れる関係じゃない。知る資格はない
冬の狩り
1人で、イノシシの群れを狩る。そうしてれば、少しだけ気が紛れる。去年は、この季節に抜歯をした。いつの間にか、あの日から一年が経っていた。千文ちゃんのいない時間はつまらなく、時が経つのが遅く感じた。でも、思い返して全く思い出のない一年は、短かったようにも感じる
千文ちゃんは一年中、村で土器や石器を作ってて、同じ村にいるのに、関わることはない。
狩りから帰って家に入る。
そして並んでいる2体の土偶をぼんやりと見つめる。1つはすっごい不恰好で、もう1つはすごい上手い。教科書に載ってそうだ。不恰好な方が俺が作ったやつで、上手い方はもちろん千文ちゃんがつくったやつ。二人で初めて作ったとき、こっそり持ってきたやつだ。今では千文ちゃんとの繋がりはこれくらい。だから毎日毎日、暇な時はこれを見つめてる。我ながらキモいと思う。
土偶は、魔よけとか、豊作。子孫が栄えることとか、そんなことを祈るのに使われる。祈ったから叶うとは思ってない。だって前世の俺は、毎日背が高くなりますようにって願ってたのに、結局高くならなかったし。それが今世では、簡単に叶った。
魔よけ、豊作。イケメン、高身長。
そんなのもう祈るつもりはない。祈って叶うなんて思ってない。でも、もし、、もし祈ったことが叶うなら、俺は、人間になりたいっ。
耐えきれず、涙がこぼれた。
でもいくら泣いたって、俺が吸血鬼であることは、絶対に変わらない。
数日後
朝
父さんに言われて、貝塚に食べ物の残りかすを捨てにいった。
貝塚は海岸にあって、視線をあげればずっと遠くまで見渡せる。
昔は海を見て、水着を着た千文ちゃんを想像したなぁ。思わずふっと笑みがもれる。
「……あっ」
「っ!」
声がして、勢い良く振り向いた。そこには思った通り、千文ちゃんがいて……。
ダッ
思わず、駆け出した。
一年かけて、一生懸命少しずつ抑え込んできた気持ちが、また溢れだしそうだったから。それが、ひたすら怖かった。久しぶりに関われた喜びよりも、恐怖が勝った。
夕方
狩りから帰れば、母さんが青ざめた顔でかけよってきた。
「ふっ、文哉!!……っ、千文っ、ちゃんがっ!」
その名を聞いた瞬間、心臓がどくん大きな音をたてた。
思わず駆け出す。
人が集まっている場所を見つけ、その中心にムリヤリ飛び込めば―
そこでは、千文ちゃんが眠っていた。
でも何故かその顔は青白くて、腹の部分が赤黒くなっている。
「千文、ちゃん……?」
なんで、そんな所で寝てるんだ?
それにまだ、夕方だよ?
顔、青白いな。具合でも悪いのか?心配だな。
服、その腹、どうしたんだ?きっ、木の実でも、潰しちゃったのか?そう、だよな。そんなんだよなっ。
「文哉…千文ちゃんは「ちっ、違う!そんなの、絶対に違う!!」
後ろから、母さんが何か言おうとする声が聞こえ、必死で遮る。
違うっ、違うっ、ちがうっ!絶対に違う!!
千文ちゃんが、、死んだ、、そんなはずないんだ!!そんなのあり得ない!認めない!違う違う違う!!
また、駆け出した。
でも、頭の冷静な部分は分かってて、自分を罵っていた。
俺は、また、呑気に楽観視していた。
ずっとずっと未来。俺だけ見た目が変わらず、千文ちゃんと離れなければいけなくなる未来。その時まで、千文ちゃんが生きていると、当たり前に考えていた。そんなの、全然当たり前じゃないのに。俺は、いつまでたっても、バカで呑気だ。
勝手に悩んで、勝手に避けて、千文ちゃんを悲しませて。
こうなるならもっと、千文ちゃんといれば良かった。避けるなんて、しなければ良かった。
いや、こうならないとしても、避けるなんてバカだった。なんの意味もない事だった。
千文ちゃんっ、千文ちゃんっ、千文ちゃん!!
―もう、会えないのか?