月一の報告場 第十九 エロスの定義
8月なのでギリギリセーフです!(半端なまま投稿したのでアウト)
死ぬ死ぬ言っている奴ほど長生きするから、と言われ過ぎると、一周回って早死にするのかもな〜、とか思ってる鬼桜です。
夢を叶えるか、叶えてくれる誰かを見つけるまでは死ねないので、気の合う相棒を募集します(?)
というわけで今回の話題はエロです。
というよりも根源的なエロスの定義というものに触れて話したいと思うので、個人的な趣向を語るわけではないです。はい。そんなわけないです。
人間が興奮状態になるトリガーとはなんでしょうか?
個人の趣向はそれぞれあると思いますが、種族的に見た時の少なくない共通点というのは必ずあると思います。
私が予想するにそれは、俗に言われている羞恥心です。
完璧に表した表現ではないでしょうが、これが最も近しいものだと思います。
人類は外部からの干渉を避け、初めて身に纏うことで己の身を隠すという行為をした種族です。
外敵から身を隠すためでも、己の体を周囲と同化させ気づかれないようにするためでもなく、生息域を広げるにあたっての防寒として身につけたものでしょう。
きっとはじめは体の弱い部分、重要な器官、として性器やお腹を守るためだったはずです。
それが世代として繋がっていき、防寒としての役割以上に、隠した場所を見られる事に恥じらいを持ち始めた代がいたのでしょう。
実際はどうか知りません。私は人類史に詳しいわけでもないので。正直前文は必要ないです。ただの順をなぞる事実確認が目的なだけです。
重要なことは一つ、昔の人類は羞恥心を持たなかったかもしれないが、今の人類の大半は羞恥心を持っている、ということです。(潜在的にでいえば誰しもが?)
皆さんは路上露出など、衆人環視の中で露出した事がありますか?
自己の意識がはっきりとしてない幼少期ならともかく、自我が芽生えた後にやる人は少ないでしょう。
不慮ならともかく自発的にやった人は自己羞恥でマイオナできる人です。凄いです。どれくらい凄いかというと、家族に自慰の姿を見られた後に、更に続けてその家族に向けて発射するくらい凄いです。
そんな話はともかく、衆人環視の中、裸になることは本来嫌がるべきことのはず、です。
なぜなら、マイノリティだからです。
大多数の中で一人、異質として見られる存在になるからです。
それは本来避けるべきはずのものです。
人は誰かと同じ状態に心底安心する生き物です。それでいて誰とも被らないオリジナリティを求める心が育まれるんだから恐ろしい。
ヌーディストビーチなどは、多数のヌーディストがいる中で、普段は水着をつけて泳ぐような人もいるようです。環境が羞恥の境目を決めます。
マイノリティは恥じらいを強制させられているのです。
例えばの話をしましょう。これは創作内での話です。
とある路上で少女が衣服を脱ぎ始めた。
だが、少女の視点から見ればここは服を脱ぐ場所だと認識している。何故ならここは更衣室であり、私がおかしいわけではないからである。
羞恥心なんて覚えない。
こういう催眠状態前提でない場合なら、トイレを外から見られない仕組みと逆に外からだけ見える箱庭で見られているが、見られていることに気づいていない、みたいな想定でも大丈夫です。
気づいていない、という意味もありますが、少数派でないからこそ恥じる余地がない。1分の1は100%ですし、おかしくないと思えていればおかしくないんです。
シチュエーションに対して感じるエロさは、いったいどういうプロセスを通って受け入れられるのか。
私の場合は多分自己投影です。
自分を重ねます。わかんないです。そういう感覚です。
自分以外の意識に介入できないので、他の受け取り方を知りません。
二次エロしか知らないので仕方ないですね。
とはいえ、シチュエーションの羞恥補完は脳内で出来るので、もはや現実なのかもしれません。再現補完かもしれません。
私は一般性癖の半数以上は、羞恥からくるものだと思っています。求められれば説明付けもできるはずです。
残り半数もそれほどズレたものでもないと思います。
羞恥の定義とはまた違う、それでいて近しい、エロスの根源を私は定義づけしたい。完全に異質なものを振り分ける事で認められるものを増やしたい。いや、自分の性癖が認められたいだけです。
恥の多い人生です。
また黒歴史が増えました。
今月も書けませんでした。一気書き出来る体力がほしいです。鍛えます。こちら三日坊主。
自分に疑問を抱くと断言できなくなって、書いていくうちに疑心暗鬼になる。定義を求めるやつがそんなんじゃいかんでしょう…
書きたいことを書けていない物書きになんの意味があるのか…
この先は追い求める道なのか?




