月1の報告場 第十八 後払い、先払い
書き殴りでボコボコにされているのは、納得できず自分の文才に悩む私なのかもしれない。
脳を常に一定以上に活性化させるためには、定期的に脳を停止させる事が大事だと知った鬼桜です。
ゲームしてるとわかりやすいです。ゲームをやって離れた2日後なんてインスピレーションドバドバです!
離れられない中毒と良い付き合いをする事が、恩恵を受ける上で一番重要なんですね。
というわけで今回は、後払い、先払い。
主に金銭についてのです。
(知識はないので独解です。)
提供する側と受け取る側でない限り、私の考えるものは必要のないものなので、互いに受け取る側の恩の譲り合いは今回の場合含めません。
私は食事中にふと思いました。
本来なら恩恵を受ける物事は先払いが主流なのに、どうして外食だと後払いが多いのだろう、と。
出されたお代に対して見合う対価を店側が支払う、みたいなシステムが私の思う商売でした。
いつであっても、与えられる側は与える側より立場が低いはずですから。委ねられる側は強いんです。
ですが、実際は提供されてから客があとに支払うことが今でも主流です。
私の庶民的思考だと、大衆食堂が真っ先に出てきた。
多くの人が出入りするああいうお店だと無銭飲食があるのではないか?という無粋な考えも浮かんでくる。
地域に根付く食堂や、人数の少ないチェーン店などは厨房近くでレジを打つ。出口からも遠い場合が多い。
出入り口にあるレジは無銭飲食を防ぐ意図がある、がそれも定位置に人が居なければ穴もある。私に正解はわからない。
だが、逆にチェーン店などでは食券等での先払いが多い。
やはり確実ではあるのだ。
しかしこれが先見の明であるのか、大手としての力があってこそ出来ることなのかはわからない。
そこに一つの考えを当て嵌めてみようと思う。
日本人特有のお客様は神様という考え方だ。
店としての客側に払える敬意、信頼の証として後払いを、特に信頼が重要な客商売、それも古くはお客との距離も近かった飲食系は推進していたのではないだろうか?
情のないチェーン店は先払いで客に信頼がないってことか?
神としての権威、信頼が堕ちたことが原因以外にないと思いますけども…
そう考えると現代の、それも日本で考えると後払いは無駄なだけのように思えて仕方ない。
であれば、なろうにとっても馴染みが深い、中世風異世界に照らして考えてみる。
私は、世界一強い者が無法者であれば、法なんて無意味、だと思っているので、この場合、与えられる側と与える側の立場が入れ替わることがあります。(強者の慈悲で生かされているあたえられている側の可能性もあるが。)
例えば貴族や強者が食事を外で取るとして、食べた後に、立場が上の与えられる側は、支払いは己の裁量によることになります。何故なら強者だから。
不味ければ払わない場合もあるし、逆に想像以上なら相場以上の額を払われたり、庇護されたり、支援されたりする場合もあるかもしれません。
前払いである場合、前者のようなリスクもありませんが、荒くれ者だらけの世界で文句が出れば誰も咎められませんし、後者であれば万々歳です。
さて、現代日本には商品券というシステムがあります。
支払った額よりも少し金額としての価値を上げる代わりに使える場所が限られるお金。
先払いの典型例だと思います。
ですが、この場合与える側は本来受けるはずの利益より、お得にした分利益が少なくなります。
先払いは店側としては率先して進めたい事なのです。だからお得を売りに消費者側を呼び込もうとする。
何故なら安定しているから。それ以上、はなくても一定額は見込めるから。
ですがそれ以上を求められる場面が存在します。
それは、財布の紐が緩んだとき。
後払いは、消費者の消費意識を薄くさせる。
値段を事前に知らせないお店とかもそこが大きい。
逃げ道がないことで財布が緩くなるのが後払い。
大きな買い物を躊躇う庶民でも払わざるを得ないシステム。ボッタクリなども後払いでしか成立しない。
神様は鴨様なのです。
良心を前提にされている後払いは、法治国家では一番の仕組みなのかもしれない。
というわけで今月も増えずに90です。
インスピレーションが、一周してきて何も新しい考えが浮かびません。
そして今回もですが色々とおかしい理屈や、繋げ方が多々あると思いますので指摘や質問をお願いします。
月内ではあるので許してください…




