月一の報告場 第十 名前の真実
ソシャゲ辞めます···
どうも、予約投稿を越えてもはや予言投稿(?)をしている鬼桜です。
今回はなんと、私がこの小説を投稿してから十回目!二桁記念!じゃあ、私のことについて話そう!
と、なるだろうから、先に書いてしまおう。どうせ過去だろうが、未来だろうが、事実は変わることないし──
ってな具合ですね。
我ながら六ヶ月も前に、間の五つをすっ飛ばしてこれを書いているとか頭おかしいですね。
いやぁ、十ヶ月記念とはなんとも感慨深い。
思えばこの一年近く、いろんなことがたくさんあ····なかった、そういえば、全然精力的になってなかった。書いてなかった。ぶっちゃけ全然、感慨深くもなかった。
今年も、コロナを言い訳に何も書いてなかった。連載作れども長続きせず、新規の小説を生み出せども一話すら書けず、公式の企画に参加しようとして話は作っても期間内に書ききれず、
な”に”も”で”き”な”か”っ”た”
悲しみは何も生まない。萎えはただのその場しのぎ。懺悔は取り繕うためのただの言葉。
自分が何者にもなれないと日々焦りをおぼえる。だが行動はしない。
矛盾する日々を、この小説にぎりぎり書き留められる。
もうこんな日々は辞めよう。
リアルもそれなりに落ち着いてきた。ソシャゲに時間を割かれるならアンストしよう。私はこれから切り替わる。さぁ、鬼桜は生まれ変わる。今この地に生まれ落ちたんだ。
と、いうわけで、私の名前の由来なのですが、まあ、あれですね。
散りゆくモノの美しさを表しているんです。
鬼は、創作において必ずと言っていいほど悪役、やられ役として現れる。だが、その定石には美がある。定形美というやつだ。仲間意識が高く、誇り高い、そんな彼等、彼女等だからこそ美しく、儚い。
桜は、年に一週間ほどしか咲かない。それは自然界において、決して珍しいことではないはずだ。だが、やけに目を引く。滅びの美学をその身に宿しているかのように。そしてやはり、散り際の桜吹雪こそが最も美しい。
僕は、そういう滅びが決まった運命に身を委ね、そして抗う物語を書きたいと思い、この名前を我が身に宿した。鬼桜と。
ま、と、いうのは後付けで、本当は、昔、テレビでCMを聞いていたときに、よく流れていたお酒の会社名が耳に残り、名前決めの時に脳裏に過ぎったんで、【きざくら】という名前にしたんですけど、最近調べたら"鬼桜"ではなく、"黄桜"なんですね。知りませんでした。(これって、私がおかしいんですかね?笑)
別に変えませんけどね。
はい!今回の雑談話は少し長くなりましたかね?多分、私の文章力が伸びてきている証拠ですね。嬉しくなります!
ということで、今現在の新規執筆中小説数は、59個ですね。最近、月に一つは増やさないと駄目だ、という強迫観念が根づいてはきてますが、在庫が数百とあるので尽きるのは何十年後になるでしょうかね····(ただし、月に考える新作の数を14とし、月に新しくかける小説の限界値を18とする。)
読んでくださってる方は、本当にありがとうございます。
是非とも一度お話しましょう?感想欄で。(感想ら/)
Q.蝉とかも、一週間を必死に生きる、生き物の代名詞ですよ?
A.地面に落ちた蝉が襲ってきたような記憶があるようなないような気がするので、名前に入れる気はありません。(ぶっちゃけちょっと、あの針怖いです(´-﹏-`;))




