異世界生活は最初からつまづきました
突然現れた集団は叫んだ。
「誰か女性トイレに連れていってくれ!」
強い結界を張ってある砦の中に、魔法円もなく現れた一群。
魔物討伐に出掛けたはずの王子の軍が、大きな魔物を伴って現れたのだ、緊張がはしる。
それでも、鍛えられた騎士達の反応は早い。女性騎士が進み出て美優を受けとるとトイレに向かった。
「ここがトイレよ、私は外で待機しているから」
美優を連れて来た女性騎士が扉の前に立つが、美優は手をつかんで放さない。
「トイレの使い方がわからない。紙はあるの?水洗なの?」
早くトイレに入りたいが、この世界のトイレがどのようなものかわからないのだ。女性騎士も当たり前の事を聞かれ、困惑してしまう。
結局、我慢できず、トイレに飛び込んだが、
「トイレットペーパーがない!」と叫ぶ事になった。
泣きたい、すでに美優は泣いていた。
この先、不安しかない。
「使用後は魔力で綺麗にするのよ」
女性騎士がトントンと扉を叩く。
「開けていいかな?」
そっと気を使って押し開けた扉の中では、泣き続けている美優。
「どこか痛いの?」
問いかけに首を振る美優。
「家に帰りたい」
余りある魔力があるはずなのに、使い方を知らない。
ないのと同じだ、トイレも不自由する。
他にも知らないことばかり、不安が一杯で涙が止まらない。
「魔法は使えるの?」
この世界の人間は、魔力の強弱はあっても使えない者はいない。
強い魔力を持つ子供は、制御の魔法道具を着けて自制が出来るまで過ごす。
平民の魔力は微弱で、王族をトップにして、高位貴族になるほど魔力が大きい。大きい魔力ほど強い魔術が使える。
生活の全てが魔力と直結している。
女性騎士は、美優に小さな飴のような物を持たせた。
「これは、私の魔力の粒です。手を握って潰す時に少し魔術が使えます。トイレの処理を願えば出来るはず」
女性騎士が扉を締めると、美優は粒を握りしめた。
ウォッシュレットのように水と風が起こり、トイレの処理をした。
「うわぁ、便利。なるほど汚水の処理が必要ないのね」
便座に座り、溜息一つ。
何とかして魔術を習おう。帰れないなら、ここで生活の術を身に付けねばならない。
涙の流れた頬をゴシゴシとこすると、立ち上がる。
トイレするだけで、こんなに苦労するなんて、落ち込んでもどうしようもない。
ここにいるのは変えられない。仕方ないじゃないか。出来る事をやってみよう。
扉を開けると先ほどの女性騎士と目があった。
「ありがとうございました。
私は、山本美優、美優といいます」
美優は、女性騎士にお礼を言って頭を下げた。
女性騎士は、不思議な動作にいぶかしがるが、他国の挨拶と受け入れた。
「ミユウ?
貴女はこの国の人間ではないのね?
私はニナ・バーグ、魔術騎士よ」
砦に現れた場所に戻ると、そのままで王子達が待っていた。
今回、全員を引き連れて瞬間移動したことで、膨大な魔力量と高い魔術であると証明したことになる。
美優が、砦のトイレに行きたいと願って移動したのだが、王子達はワンがしたと思っている。
王子にとって美優は、ワンの気に入りの人間なのだろうと解釈していた。
言語を話す魔物など初めて見る。伝承にある聖獣ではないかとさえ思っている。
そうなると、是非ともこの獣を我が国が手に入れねばと思う。
「ご主人」
ワンがノッソリと歩いて美優の側に行く様は貫禄がある。
「ワン」
美優がニナから離れてワンの横に立つと、ワンは王子と話していたことを説明した。
「しばらく王宮で暮らすことになるだろう。
我々は、この国での生活を覚えねばならない。ご主人には魔術の教師がつく。
今夜はこの砦に泊まり、明日王都に出立する」
魔物退治に来た軍は、魔物が美優の光で一掃されたので帰還することになる。
ワンと美優が同行し、王宮で暮らすことになったのだ。
ワンが仔犬ぐらいの大きさになって美優と砦の部屋に入った。
美優はワンには驚かなくなったが、王子や騎士達はワンにますます敬意を表すようになった。
この世界では、魔力量と魔術力が強さの表れなのだ。
ニナが美優付きの護衛騎士となったが、美優に部屋に引きずり込まれ、トイレで使う魔法粒の作成を教えることになる。